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「…語り継がれなかった物語を、人々はいつしか遠い記憶として、ゆっくりと忘れていきました。やがてその王城も、近隣との大きな戦に巻き込まれ、攻め滅ぼされたと伝えられています。
そうして時の車輪はすべてをくだきながら、ゆっくりと、ゆっくりと、まわり続けていくのです。これまでも、そしてこれからも…」
「はい。西の国のお話は、これでおしまい」
「えー」
「今夜のお話は、本当にそれでおしまいなの。母さん?」
「そうよ、サイード」
「やだなあ、そんな終わり方!」
「とても悲しいおはなしね。騎士さまも、女の人も、どちらも死んでしまうなんて」
「まあ、ライラ。そんな泣きそうな顔をしないで、これはただの物語なのよ」
「何とかならなかったのかなあ? あっそうだ、魔法のランプだよ!
それさえあれば、魔人に頼んで騎士を生き返らせて、ふたりでこの国まで逃げてこられたんじゃない?」
「ばっかね、サイード。魔法のランプなんて、西の国にあるわけないでしょ、ねえ母さん。西の国にはそんなもの、ないわよね」
「ふふ…そうねえ」
「西の国に、魔法のランプはなかったけれど…」
「しかし、奇跡は起きたんじゃないかな、アナラ」
「イクバール…」
「どういうこと、イクバール父さん」
「父さんも、このお話を知ってるの?」
「ああ、そうだよ」
「…その、西の国の心優しい神父様はね、倒れている騎士たちのもとへ戻った時、フォルチュナアトが虫の息ではあるけれど、まだ生きていることに気がついたんだ。
大きな傷を負い、血にまみれた身体は死んだように冷たかったけれど、確かに彼はまだ生きていた。そしてそればかりではなかった。
おそらく神のご加護だろう…塔から身を投げた女もまた、死んではいなかったんだ」
「神父は二人をひそかに匿い、王城の人々の目を盗んで手厚く看護した。そして騎士と異国の女の人の傷が癒えると、彼らを秘密裏に遠い異国の地へと逃したんだ。
最後に、こう言ってね」
――――――争いの末に人を殺した者をかくまい、逃そうとする私は罪人と糾弾されても仕方のないことでしょう。ですが、フォルチュナアト殿。
九十九匹の羊のために、一匹の子羊を見捨てようとする行為は、殺人者をかくまう以上の罪であると言えないでしょうか?
さようなら、騎士殿。もうお会いすることも、ありますまい。
はるか遠い地でも、神があなたがたをお守りくださいますように。
…
「ねえ、サイード。あのお話って、もしかして父さんと母さんのことなんじゃないかしら…」
「えー?でも、あれは昔々のお話だって、母さん言ってたじゃないか」
「そりゃそうだけど。でも父さんは、むかし西の国の人だったのよ。あたし、前にそう聞いた事があるもの」
「…」
「アナラ…いま君は幸せかい?」
「ええ、イクバール」
「…私もだ」
―――かつて、すべてを捨て
そしてすべてを得た。
フォルチュナアトと呼ばれた騎士と、グレナディンと呼ばれた異国の女が、その後どうなったのか。それは誰も知りません。
これは遠い、遠い昔。
西と東が出逢い、そしてひとつになった、小さな奇跡の物語。
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