そのアパートは、ブライトリバー東区で最も低所得者層の暮らす一角に、
ひっそりとたたずんでいた。
日の差さない廊下は、カビと埃の匂いがした。
一足ごとに、床板がきしんで音をたてる。
ドアベルを鳴らし、しばらく待っていると、やがて部屋の主が出てきた。
…
「ジュディ・ロングさんですね?」
「・・・・」
「私は、アンジェラ・ダルトン。あなたに、お話があって来ました」
「・・・・・・・・・・ずいぶん、おそかったのね」
「・・・・」
「もっと早く、誰か気づくと思っていた」
そう言って、彼女は静かに口元をゆがめた。
ひょっとすると、笑った、のかもしれない。
「かけてもいいですか?」
あたしが聞くと、ジュディ・ロングは無表情にうなずいた。
「外にはパトカーが?」
「いいえ」
「私は警察ではありません、新聞記者です」
「・・・記者・・・そう」
「・・・でも私のこと・・・警察に、もう連絡してあるんでしょう?」
あたしは、頷いた。
「何をしに来たの?」
「あなたに聞きたいことがあったからです」
「・・・・・」
「・・・・・」
「私のインタビューを、受けてくれますか」
「・・・」
「いいわ」
「・・・・」
「今まで、誰も私の言うことなんて、聞いてくれなかった。最後に、あなたに
話していくのも、いいかもしれない」
「・・・・ありがとうございます」
・・・
・・・
―――――――――――およそ、1時間後。
ジュディ・ロングはブライトリバー東西区の連続放火事件の容疑者として、警
察への任意同行を求められた。
パトカーへと連行される彼女の口元には、ずっと不思議な笑みが浮かべられ
ていたという。
…
…
…
局にて。
「よくやったな、ダルトン!!容疑者へのインタビュー記事は、明日の一面に
載ることになる!大スクープだ!」
「・・・・」
「どうした、嬉しくないのか?お前の頑張りが実ったんだぞ」
「局長」
「なんだ?」
「人間って悲しい生き物ですね」
「おいおい、何だよいきなり。ジュディ・ロングの境遇に同情でもしたか?」
「いえ、ただ彼女の話を聞いて、何だかやり切れなくなっただけです。インタ
ビューに向かう前は、勇んで記事を書くつもりだったはずが…」
なんだか、気が滅入ってしまって。
ジム・ハーネストは、しばらく無言であたしを見つめていたが、やがて言った。
「ダルトン、マスコミってのはな、自分がいい思いしたいから記事を書くんじゃ
ない。スクープはそりゃ記者の名誉だが、それが一番の目的かと言われりゃ
違うだろう」
「・・・」
「俺達が紙面に載せなきゃ、埋もれていく事実や思いがあるんだ。お前は
ジュディ・ロングの言葉を受け取ったんだろうが」
「・・・はい」
「それが分ってるんなら、世をはかなんで鬱になってないで、歯ぁ食いしばっ
てでも記事を起こせ。それが、お前の仕事だ」
そうだ。忘れちゃいけない・・・これが、あたしの仕事。
あたしは――――新聞記者なんだ。
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