今日は、ブライトリバー西区へとやってきた。
西区は古くから、BRの富豪層が暮らす高級住宅地だ。ニューリバーホテ
ルをのぞけば、商業施設はほとんど存在しない。
それにしても、どこを向いてももアホみたいにでかい家ばっかり。
これに比べたら、あたしとネリーの住むアパートなんて、兎小屋どころか鳥
かごレベルじゃない?
普段はそれでも、不満に感じることなんてないんだけどね…。
ここは、西区で最初に被害にあった、ペリー邸。
手帳に控えた情報を、もう一度チェックする。
主人の名は、マーク・ペリー。妻(メリッサ・ペリー)と息子(ハリソン・ペリー)
の三人住まい、か。
そういえば、先だってマルコム・ランドグラーブと結婚したのも、確かペリー
家にゆかりの令嬢だったような。
金持ちは金持ち同士ってわけですか。
お、庭師発見。こういう家に通う庭師って、大抵お抱えだよね…。
一応、彼にペリー家のことを聞いてみようかな。
「もしー」
「はい?」
「お兄さん、この家にいつも来てるの?」
「あんた、誰だい」
庭師は、若干の疑いのにじんだ目であたしを睨んだ。まあ、自分でもこの界
隈に似つかわしい存在じゃないことは、承知してるけどさ。
「アンジェラ・ダルトン。BRタイムスの記者よ」
記者と聞いて、庭師の態度が軟化した。
「ここ、放火の被害にあったでしょ?」
「そうそう、そうなんだよな。俺も日頃、通いなれてるトコがニュースに出てさ
もービックリしたの何の」
「ペリーさんって、誰かに恨まれるような感じのとこ、ある?」
「あー?」
「ないない」
何故か、あははと笑いながら答える庭師。
「全然?」
「俺の知る限りじゃねー。だって、ここの旦那も奥さんもいい人たちだぜ。
ペリーの旦那は、グリルドチーズマニアだってことをのぞけば、金払いも
いいし、うるさいこと言わないし…」
「奥さんは?」
なんとなく、ミニー・ロビンスを思い出しながら、聞いてみた。
「これまた、おっとりして、いい雇い主なんだな。おまけに美人だし。知って
るかい、ここの奥さん、むかしメイドだったんだぜ」
「へー」
グリルドチーズマニアに、元メイドの奥さんか。
なんかちょっと独特な組み合わせではあるけれど、別に犯罪に結びつくような
雰囲気はないないなあ。使用人の評判もいいみたいだし。
ふむ。
・・・
チャイムを鳴らすとすぐに、きれいな奥さんが出てきた。
「あら、どちらさまでしょう?」
「えーと、実はかくかくしかじか、こういうわけで\…」
…自己紹介も、そろそろ飽きてきたなあ。
「まあ、それはご苦労様です。どうぞ、中で少しお茶でも飲んで行かれたら」
「あ、んじゃお言葉に甘えて…」
確かに、ペリー夫人は人が良いようだ。
いわゆる、有閑マダムの鷹揚さとは、すこし違うような…慎み深い優しさと
でも言うのかな。
「ごめんなさい、主人は今、海外主張で家を空けてまして…」
「そうなんですか。そう言えば、ご主人のお仕事は確か流通の会社を…」
「ええ。なかでも食品関係では、そこそこの業績を上げているようですわ。
今回もキプロスまで、わざわざチーズの買い付けに行ってるんです」
キプロス~?どこだ、そりゃ。トルコの辺だっけか?
「グリルドチーズがお好きなんでしたっけ」
「あら、ご存知なんですね」
夫人は、くすっと笑った。ふーん、特に隠してはいないんだ。
が、それ以上突っ込むのもアレなんで、あたしは本題に入ることにした。
「あの、事件のあった日なんですが…」
「まあ、いやだ私ったら。関係のない、おしゃべりばかりしてしまって」
この家のゴミ捨て場に火がつけられた時刻は、夕方16時。
例の如く、目撃者の報告も特にないらしい。
「当日、何か気になったことはありませんか?ホント、何でもいいんです」
「気になること…」
しばしの沈黙の後、ペリー夫人はためらいがちに言葉をつないだ。
「多分、ちっとも関係ないことなんですけれど」
「かまいません、どうぞ」
「事件の起きた日、主人が帰宅して…すごく元気がなかったんです」
「元気がない?」
「今日はいやなことばかりだなあって」
「…」
「詳しい事は話してくれなかったんですが、その日は現場の視察に行く予定
でしたから、きっとお店で何か問題が起きたんでしょうね」
「なるほど」
しかし放火事件と、事件当日、マーク・ペリー氏に起こった出来事との因果関
係は…あやしいもんじゃないか、と思う。
ま、念のため、メモっとこう。
「ママ!」
背後で甲高い声がした。息子さんとおぼしき子供が、てけてけとペリー夫人
のもとへと駆け寄ってきた。
「どうしたの、ハリー」
「おやつ食べたい」
「はいはい」
…
あたしは、そろそろお暇することにした。
この後、寄りたいところもあるし、長居してはお邪魔だろう。
「どうも、今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、あまりお役に立てなくて」
帰りしな、ちょっと思い出して、夫人に話かけた。
「そう言えば、先だってマルコム・ランドグラーブ氏と結婚されたのは、こちら
のお嬢様でしたよね、おめでとうございました」
「あ、ええ…」
ふ、とペリー夫人の顔がくもった。
ん?地雷踏んだか、ひょっとして。
「ルナさんですね、主人のマークの妹さんに当たる方です。かわいらしい方
ですわ」
「…」
…褒めているわりには、口調が暗いよ、メリッサさん。
やばいな、踏んだよ、絶対踏んじゃったよ地雷。
セレブ夫人と小姑の確執☆なんてフレーズが脳裏にちらりちらり。ひい。
「そうですか、いずれインタビューしてみたいな~なんて思ったもので、それ
じゃ、失礼しま~す」
…
うーむ。
今日のインタビューに採点つけるとしたら、10点くらいだな。
無関係な話題で、相手を暗くさせてどうするよ、あたし…。
多分…どんな幸せな境遇にいる人にだって、それなりの苦労はあるんだろな。
図太く生きてるあたしにだって、ないわけじゃない。
それでも、生きていかにゃ、仕方ないからね。
…さて、次なる目的地は、西区でもう一軒被害にあった家。
バークレー邸だ。
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