西区の取材を終えた後、局へ戻る前に東区にある大型スーパー、ペリーズ・
ファイン・マーケット(通称PFD)に立ち寄ることにした。
PFDは住宅街に程近い立地から、ブライトリバーでもかなりの集客数を誇っ
ているスーパーマーケットだ。
十代の頃は、よく学校帰りに友達と連れ立って、ここの飲食コーナーに通っ
たものだった。
そういえば。
…元カレのパトリックとも、よく一緒に来たなあ。
あんまりお金ないから、ジュースのシェアとかしちゃってさ。
話題と言えば、学校のことだとか、友達のことだとか、ホント他愛もないこと
ばかり。
なのに、何故だかすっごく楽しかった。
あの頃は、まさか数年後に浮気されて、大喧嘩の末に別れるだなんて想像
もしてなかったんだよなー…。
…ちっ。
なんか、思い出したら、また腹が立ってきた。あの馬鹿男め。
まあ感傷や恨みつらみは、それくらいにしておこう。
洗剤が残り少なくなってたんだよね。(料理が出来ない分、我が家の洗濯は
あたしが担当しているのだ)
確か、チラシによれば今日は洗剤の大特価セールをやっているはずだ。
せんざい、せんざいっと。
…ありゃ?
いつもうちで使っている部屋干し用洗剤が見当たらない。
共働きの家庭の必需品、『部屋干しブライトリバー』…。
うわ、やだなー困ったな。品切れだろうか。
店員さんに、在庫がないか聞いてみようっと。
「部屋干しブライトリバー?ごめんなさいねえ、今日はもう現品限り。棚に置い
てなきゃ在庫は無し」
「ええっ!?」
「大特価セールで、昼までにほとんど出ちゃったのよ。いや~予想以上の売れ
行きで」
「…」
何じゃそりゃ。
オイルショックか、何かですかブライトリバー。
がっくし。
「悪かったわね、明日には入るから、そう気を落とさないで」
ぽんぽん、と肩を叩かれた。
あたしの勝手な思い込みかもしれないけど、こういう所の「勤続ン十年」みたいな
パートのおばちゃんて、なぜか妙にフレンドリーな人が多い気がする。
このおばさんも、顔は怖いけど、気はよさそうだ。
あたしが諦めて、きびすを返そうとした時だった。
「ママ」
若い女性の声がかかった。
「ガーティじゃないか、買い物にきたのかい」
「夕飯の材料でも買おうかと思って」
「そんな身体で…宅配にすりゃいいだろうに」
「だってこのところずっと、店が人手不足で忙しいって、母さんこぼしてたじゃ
ないの」
ほう、娘さんかな。そろそろ臨月って感じのお腹をしている。
ん?
「ガーティ?」
「…アンジェラ?」
がしっ☆
「うっそ、何してるのーこんなとこで!」
「そっちこそー!久しぶりー!」
なんと、大学時代の同期、ガーティ・ウェルズだった。同じ寮で、同じ釜の飯
を食べた仲だ。しばらく連絡を取り合っていなかったけれど、顔を見たら当時
のことが思い出されて、どっと懐かしさがこみ上げてきた。
「何だ、あんた達知り合いかい?」
パートのおばさん改め、ガーティのお母さん(そう言われてみると顔がよく似て
いる)がおやおや、という顔で聞いた。
「アンジェラ・ジャクソンよ、大学で同じ寮だったの」
「そうそう。ただし、今はジャクソンじゃなくて、ダルトンだけどね」
にやり、と笑って結婚指輪を見せる。
ガーティも、今ではウェルズではなくマーティンという姓に変わっていた。
せっかく再会したんだから、ということで、ガーティと連れ立って軽くご飯を
食べに行く事になった。
何でも、今はガーティもフロータウンに住んでいるらしい。
「そう言えば、ネリーっていま警察官なんだっけ?」
「うん、街でパトロールとかしてるみたい」
ネリーは寮こそ違ったものの、あたしやガーティと同じ頃に大学に通ってい
たので、一応面識があるのだ。
「どっちも忙しくって、コミュニケーションとるのが大変でさ」
と愚痴ると、ガーティはうんうんとうなずいた。
「あー分かる分かる、うちも共働きだからさ。今は会社に産休もらってるけど」
ガーティの旦那さんは、何してる人だったっけな…
「ああ、言ったことなかったっけ?警察署の近くの『ナイト&デイ』っていう
コンビニ、知らない?」
え。
「それって確か、あの放火にあった…」
「そう、そこよ。その店の雇われ店長してるの。ちなみに、旦那はジェシーって
言うんだけどね」
あれかー!!!
知らなかった、あの店長、ガーティの旦那さんだったのか!
指に光る結婚指輪から、妻帯者だとは知ってたけど、まさか自分の友人の
ダンナだったとは。
うわーびっくり。世間って狭いね!
ひとしきり驚いた後。
「大変だったね、放火…」
あたしが神妙な顔でそう言うと、ガーティの顔から笑みが消えた。
「正直、火をつけたやつを許せない気持よ。事件のせいで、ジェシーも従業員
も警察にしつこく事情を聞かれて…そもそもが雇われの身でしょ。責任問題や
ら何やらで、彼、事件の後は心労がものすごかったのよ」
「だろうねえ」
「ほんと、何が面白くて火なんかつけるんだか」
ガーティはまなじりを吊り上げて、吐き出すように呟いた。
あたしが放火事件を追っている事を話すと、ガーティの表情が怒りから気
遣うようなものに変化した。
「アンジェラ、大丈夫なの?」
「何が?」
「ジェシーが、最近街が物騒になってるって言ってたわよ」
「それって、どういう…」
ガターンッ
「てめー、もういっぺん言ってみろやコラ?」
「やんのかオラ!?」
「ナメんじゃねえぞ、コラ!?」
な、なんだ、あれは。語尾にコラとかオラとかつける一族ですかコラ。
いや、そんな冗談はさておき。
「…もしかして、ブランドンファミリーがらみ?」
「知ってるの?アンジェラ」
「取材現場でちょっとね」
しかし、ブランドンファミリーの若い連中が放火犯を探してることは聞いたけ
れど、それが何故チンピラ同士のいさかいに?
「あたしも聞いた話だから、よくは知らないんだけど、アンジェラ…ルシアノ
ファミリーって知ってる?」
しばし、記憶の引き出しを探ってみる。
ルシアノ、ルシアノ。ぐるぐる。
…思い出した。
「賭博と街金がらみで、時々警察に調べられてるとこじゃない?」
「うん、それでジェシーによると、なんかブランドンファミリーの間に、変な噂が
流れてるんだって」
「うわさ?」
「ルシアノファミリーが、放火犯の犯行に見せかけて、ブランドンファミリーの
縄張りを荒らしてるんじゃないかって」
「!」
その後、店の人が間に入って、目の前の小競り合いは何とか止んだけ
れど…。
今聴いた話は、やばさ満載だ。
いつの間にそんな物騒な街になったんだ、フロータウンは。
しかし確かルシアノとブランドンって、確か同じ組織の傘下にあるファミリー
じゃなかったっけか。
「記事を書きたいのは分かるけど…今は捜査を警察に任せた方がいいん
じゃないかと思うのよ」
「…」
「そう言えば、ネリーはあなたが放火犯を追ってる事知ってるの?」
「…」
「まさか、知らないの?」
――――――――――――だって言えば、絶対反対されるからさ。
ぼそぼそ言い訳めいたことを呟くと、ガーティにがつんと釘をさされた。
「当たり前でしょ、街がそんなことになってるのに、自分の女房がその渦中
でうろうろしてたら、そりゃ心配するわよ」
「…」
「…」
「何でそれほど放火犯を追いたがるのよ」
「スクープが欲しいってだけじゃ、理由にならない?」
「それだけ?」
…
やや長い間があった。
やがて、ガーティに静かな口調で問いかけられた。
「…もしかして、“放火”だからなの?」
「そう、分かった」
「…」
「アンジェラ、あなた…まだ火を使った料理ができないのね?それが犯人
を追う一番の理由なんでしょう」
…
あたしは、何か言おうとしたけれど、とっさに声が出なかった。
そして多分、それがガーティの問いかけにたいする、一つの答えになって
しまった。
そう、実はあたしは炎恐怖症だ。
十代の頃から、ずっと。
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ファイン・マーケット(通称PFD)に立ち寄ることにした。
PFDは住宅街に程近い立地から、ブライトリバーでもかなりの集客数を誇っ
ているスーパーマーケットだ。
十代の頃は、よく学校帰りに友達と連れ立って、ここの飲食コーナーに通っ
たものだった。
そういえば。
…元カレのパトリックとも、よく一緒に来たなあ。
あんまりお金ないから、ジュースのシェアとかしちゃってさ。
話題と言えば、学校のことだとか、友達のことだとか、ホント他愛もないこと
ばかり。
なのに、何故だかすっごく楽しかった。
あの頃は、まさか数年後に浮気されて、大喧嘩の末に別れるだなんて想像
もしてなかったんだよなー…。
…ちっ。
なんか、思い出したら、また腹が立ってきた。あの馬鹿男め。
まあ感傷や恨みつらみは、それくらいにしておこう。
洗剤が残り少なくなってたんだよね。(料理が出来ない分、我が家の洗濯は
あたしが担当しているのだ)
確か、チラシによれば今日は洗剤の大特価セールをやっているはずだ。
せんざい、せんざいっと。
…ありゃ?
いつもうちで使っている部屋干し用洗剤が見当たらない。
共働きの家庭の必需品、『部屋干しブライトリバー』…。
うわ、やだなー困ったな。品切れだろうか。
店員さんに、在庫がないか聞いてみようっと。
「部屋干しブライトリバー?ごめんなさいねえ、今日はもう現品限り。棚に置い
てなきゃ在庫は無し」
「ええっ!?」
「大特価セールで、昼までにほとんど出ちゃったのよ。いや~予想以上の売れ
行きで」
「…」
何じゃそりゃ。
オイルショックか、何かですかブライトリバー。
がっくし。
「悪かったわね、明日には入るから、そう気を落とさないで」
ぽんぽん、と肩を叩かれた。
あたしの勝手な思い込みかもしれないけど、こういう所の「勤続ン十年」みたいな
パートのおばちゃんて、なぜか妙にフレンドリーな人が多い気がする。
このおばさんも、顔は怖いけど、気はよさそうだ。
あたしが諦めて、きびすを返そうとした時だった。
「ママ」
若い女性の声がかかった。
「ガーティじゃないか、買い物にきたのかい」
「夕飯の材料でも買おうかと思って」
「そんな身体で…宅配にすりゃいいだろうに」
「だってこのところずっと、店が人手不足で忙しいって、母さんこぼしてたじゃ
ないの」
ほう、娘さんかな。そろそろ臨月って感じのお腹をしている。
ん?
「ガーティ?」
「…アンジェラ?」
がしっ☆
「うっそ、何してるのーこんなとこで!」
「そっちこそー!久しぶりー!」
なんと、大学時代の同期、ガーティ・ウェルズだった。同じ寮で、同じ釜の飯
を食べた仲だ。しばらく連絡を取り合っていなかったけれど、顔を見たら当時
のことが思い出されて、どっと懐かしさがこみ上げてきた。
「何だ、あんた達知り合いかい?」
パートのおばさん改め、ガーティのお母さん(そう言われてみると顔がよく似て
いる)がおやおや、という顔で聞いた。
「アンジェラ・ジャクソンよ、大学で同じ寮だったの」
「そうそう。ただし、今はジャクソンじゃなくて、ダルトンだけどね」
にやり、と笑って結婚指輪を見せる。
ガーティも、今ではウェルズではなくマーティンという姓に変わっていた。
せっかく再会したんだから、ということで、ガーティと連れ立って軽くご飯を
食べに行く事になった。
何でも、今はガーティもフロータウンに住んでいるらしい。
「そう言えば、ネリーっていま警察官なんだっけ?」
「うん、街でパトロールとかしてるみたい」
ネリーは寮こそ違ったものの、あたしやガーティと同じ頃に大学に通ってい
たので、一応面識があるのだ。
「どっちも忙しくって、コミュニケーションとるのが大変でさ」
と愚痴ると、ガーティはうんうんとうなずいた。
「あー分かる分かる、うちも共働きだからさ。今は会社に産休もらってるけど」
ガーティの旦那さんは、何してる人だったっけな…
「ああ、言ったことなかったっけ?警察署の近くの『ナイト&デイ』っていう
コンビニ、知らない?」
え。
「それって確か、あの放火にあった…」
「そう、そこよ。その店の雇われ店長してるの。ちなみに、旦那はジェシーって
言うんだけどね」
あれかー!!!
知らなかった、あの店長、ガーティの旦那さんだったのか!
指に光る結婚指輪から、妻帯者だとは知ってたけど、まさか自分の友人の
ダンナだったとは。
うわーびっくり。世間って狭いね!
ひとしきり驚いた後。
「大変だったね、放火…」
あたしが神妙な顔でそう言うと、ガーティの顔から笑みが消えた。
「正直、火をつけたやつを許せない気持よ。事件のせいで、ジェシーも従業員
も警察にしつこく事情を聞かれて…そもそもが雇われの身でしょ。責任問題や
ら何やらで、彼、事件の後は心労がものすごかったのよ」
「だろうねえ」
「ほんと、何が面白くて火なんかつけるんだか」
ガーティはまなじりを吊り上げて、吐き出すように呟いた。
あたしが放火事件を追っている事を話すと、ガーティの表情が怒りから気
遣うようなものに変化した。
「アンジェラ、大丈夫なの?」
「何が?」
「ジェシーが、最近街が物騒になってるって言ってたわよ」
「それって、どういう…」
ガターンッ
「てめー、もういっぺん言ってみろやコラ?」
「やんのかオラ!?」
「ナメんじゃねえぞ、コラ!?」
な、なんだ、あれは。語尾にコラとかオラとかつける一族ですかコラ。
いや、そんな冗談はさておき。
「…もしかして、ブランドンファミリーがらみ?」
「知ってるの?アンジェラ」
「取材現場でちょっとね」
しかし、ブランドンファミリーの若い連中が放火犯を探してることは聞いたけ
れど、それが何故チンピラ同士のいさかいに?
「あたしも聞いた話だから、よくは知らないんだけど、アンジェラ…ルシアノ
ファミリーって知ってる?」
しばし、記憶の引き出しを探ってみる。
ルシアノ、ルシアノ。ぐるぐる。
…思い出した。
「賭博と街金がらみで、時々警察に調べられてるとこじゃない?」
「うん、それでジェシーによると、なんかブランドンファミリーの間に、変な噂が
流れてるんだって」
「うわさ?」
「ルシアノファミリーが、放火犯の犯行に見せかけて、ブランドンファミリーの
縄張りを荒らしてるんじゃないかって」
「!」
その後、店の人が間に入って、目の前の小競り合いは何とか止んだけ
れど…。
今聴いた話は、やばさ満載だ。
いつの間にそんな物騒な街になったんだ、フロータウンは。
しかし確かルシアノとブランドンって、確か同じ組織の傘下にあるファミリー
じゃなかったっけか。
「記事を書きたいのは分かるけど…今は捜査を警察に任せた方がいいん
じゃないかと思うのよ」
「…」
「そう言えば、ネリーはあなたが放火犯を追ってる事知ってるの?」
「…」
「まさか、知らないの?」
――――――――――――だって言えば、絶対反対されるからさ。
ぼそぼそ言い訳めいたことを呟くと、ガーティにがつんと釘をさされた。
「当たり前でしょ、街がそんなことになってるのに、自分の女房がその渦中
でうろうろしてたら、そりゃ心配するわよ」
「…」
「…」
「何でそれほど放火犯を追いたがるのよ」
「スクープが欲しいってだけじゃ、理由にならない?」
「それだけ?」
…
やや長い間があった。
やがて、ガーティに静かな口調で問いかけられた。
「…もしかして、“放火”だからなの?」
「そう、分かった」
「…」
「アンジェラ、あなた…まだ火を使った料理ができないのね?それが犯人
を追う一番の理由なんでしょう」
…
あたしは、何か言おうとしたけれど、とっさに声が出なかった。
そして多分、それがガーティの問いかけにたいする、一つの答えになって
しまった。
そう、実はあたしは炎恐怖症だ。
十代の頃から、ずっと。
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