耀川飯店は、支局の入っているビルの一階にある中華料理屋だ。
ジョウさんという老人と、その娘さんとおぼしき女性が、二人で切り盛りして
いる。
味は、万年外食男である、ハーネスト局長のお墨付き。あたしもちょくちょく
利用しているが、確かにここの中華はかなり美味しい。
…それにしても、局長の奥さん、まだ家に戻ってないんだなー。
仕事ばっかりしていると、ああなっちゃうという悪い見本だ。
あーワーカーホリック気味のあたしも、気をつけねば。
「今日のお勧めはタンメンよー」
「あ、じゃあそれ一つ」
「俺も同じものをもらおうかな」
「…で、どうなんだ取材の状況は?」
「ノーコメント」
「警察みたいなこと言うなよ」
警察官に、そんなこと言われたくないなあ。
「ま、ぶっちゃけると、はかばかしくありまへん」
さっそく運ばれてきた料理を、がふがふとほおばりながら、打ち明ける。
「成果なしか」
「なんかねー現場でいくら話しを聞いても、犯人像がつかめないのよ。どうも
事件から受ける印象に統一性がないっていうか」
アダムは、ふむふむという顔で、あたしの言葉を聞いている。
「はじめ、ブライトリバー東区の住宅街で放火が起きたでしょ?白昼堂々
サラリーマンの家庭のゴミ捨て場が放火されて」
「ロビンス家だな」
「それから、東西区の住宅であちこちで同じような放火が起きて…なのに、
目撃者はゼロ。そして、放火はフロータウンにまで飛び火した」
「そうだ」
「その後、フロータウンでも放火が続いてる。逆に、東西区では放火が止ん
でるわよね。これは、あたしの勝手な印象なんだけど、フロータウンの事件
って、住宅より店舗の方が狙われる確率、高くない?」
あたしの言葉に、アダムは同意した。
「お前も気がついてたか」
「そりゃね。東西区とフロータウンじゃ用途地域がだいぶ違うから、当然と
いえば当然かもしれないけど…それにしても、比率が違いすぎるわよ」
つまり。
やっぱり、これはあれなんじゃないか、と。
東西区の犯罪を真似た…模倣犯の存在。
「警察内部でも、そういう意見は出てるよ。公に発表こそしてないが」
「やっぱしなー」
ブライトリバー東西区の放火犯人と、フロータウンの放火犯人は、全くの別人
なのではないか?
一連のインタビューを通じて、あたしが感じたのは、それだった。
もちろん、例えそれが事実だとしても、放火犯の目撃情報が全くないのは
不自然なんだけど。
犯人が複数存在するとなれば、動機も複数あるってことだ。
犯罪の動機。
なぜ、火をつける?
…そう言えば、ルシアノファミリーの陰謀だって噂があるんだっけ。
あたしは、アダムに今日ガーティから聞いた、その噂のことを話してみた。
「ルシアノファミリーが、放火に関わってるって?」
「そういう噂が流れてるらしいのよ、ブランドンファミリーの間で」
「…」
「まずいよね」
「かなり、まずいな」
アダムの顔が険しくなった。それだけ、街の空気が不穏さを増しているんだ
ろう。あたしの想像より、危険度は高いのかもしれない。
「でも、スナックのゴミ捨て場が放火されたくらいで、二つの犯罪組織が動く
なんて」
「スナック『マリポサ』の入ったビルでの放火か。それもあるが、ブランドンファミリー
が動いたのは、その事件のせいだけじゃないぞ」
「どういうこと?」
「アンジェラ、『ルビークラブ』という、ニューハーフバーを知らないか?」
「?」
ルビークラブ。
そう言えば、放火の被害にあった店の一つに、そんな名があったような気がする。
まだ取材には行っていなかったけど…
「『ルビークラブ』の経営者は、ブランドンファミリーのトップの愛人だ」
「へえ」
「ファミリーのトップである、リラード・ブランドンは愛人の店が放火未遂の
被害に遭ったことに激怒したらしい。放火犯を捕まえた者には報酬を出す
と宣言して、それ以来、ブランドンファミリーはずっと放火魔探しに血眼に
なってるんだ」
「よりによって、マフィアの愛人の店に火をつけちゃったわけか、犯人は。
危険なことをしたもんだ」
「まったくだよ」
「アンジェラ…お願いがあるんだけど」
「なに?」
「今から三日間だけ、調査をやめてくれないか?」
は?
「何で、理由は?」
「今は明かせない。が、お前の身の安全に関わることだ。頼むよ」
なにそれ。
「警察権力で、ジャーナリズムを押さえ込もうったって無理なんだからねー」
「アンジェラ」
ふんだ。
理由も聞かずに、取材を中止するなんて出来ますかっての。
「警察官としてじゃなく、お前の身を心配する友人として、頼んでるんだ」
「…」
「三日だけだ」
「…」
あたしは、何とも答えなかった。
支払いを終えて、店の外に出た時。
「アンジェラ」
…ネリーだった。
「どうしたの、ネリー?」
「迎えに来たんだ。最近は物騒だから…あ、これはハート警部」
アダムを見て、ネリーの背筋が心なしかまっすぐになった。
「はは、もう勤務時間じゃないんだ。そんなにきちっとしなくていいよ」
「はあ」
「ごめんね、夕飯に君のトコの奥さん借りちゃったよ」
アダム兄ちゃんは、にこにことしている。
一方、ネリーの顔に笑みはない。浮かない表情をしている。
車に乗り込むときも、ネリーは無言だった。
「どしたの、ネリー?」
「…」
「さっき、支局の前でハーネストさんに会ったよ」
「…?」
「アンジェラ、放火犯を追ってるんだって?」
ぎゃ。
バレた。
「何で俺に黙ってたんだよ」
「…ごめん」
「反対すると思った?」
思った。捜査に反対されたくなかった。それに…
「心配、するでしょ?」
「当たり前だろう」
お前を心配するのは俺の権利だろ、とネリーは怒ったように言った。
「ごめんね」
「…」
ごめんね、ネリー。
あなたが、あたしを心から愛して、心配してくれているって、知っているんだ。
そのことに、甘えてごめん。大好きだよ。
何度も、心の中で謝りながら、あたしはそっと目を閉じた。
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