“――――調査をやめてくれないか?”
アダム兄ちゃんには、ああ言われ
“――――お前を心配するのは俺の権利だろ”
大切な人に余計な心配をかけ…。
…
にも関わらず、今日も取材は止む事なしに続行中。一度動きはじめると、制
止できない、摩擦力ゼロなおのれが憎い…。
さて、本日の取材現場は、フロータウンの繁華街。
けばけばしく飾り立てた、見るからに風俗やってまっせ☆な感バリバリの
お店。その名も、『KISSXXX』。さすがのあたしも、これまで足を踏み入れ
たことはない。
位置的には、ルビークラブや、スナック『マリポサ』のあるビル街を北上した
場所にある。逆に、この道をまっすぐ南へ向かうと、例のコンビニ『ナイト&
デイ』、市警察署、そして企業が軒を連ねるオフィス街へと出ることになる。
『KISSXXX』
これまで、あたしが回っていたのは主に放火の被害にあった現場だった。
しかし、この店は、今のところまだ放火の被害に遭ってはいない。
それなのに、何故ここへ来たのかと言うと…
ん?
…。
あの、きっちりセットされた薄茶色の後頭部には、見覚えがある。
どーも近頃のあたしは、ハート家の人間に縁があるらしい。
足音を立てないように、素早く背後に忍び寄り、
ぽんっ
と肩を叩いた。
「おにーさーん、昼間っからフーゾク通いデスカー?」
「わっ?」
「やっほーアンジェラだよー久しぶり」
「…げっ」
あたしを認識するなり、マイケル・ハートの顔が引きつった。
「あれ、どしたの?あたしの顔、忘れちゃった?」
「…ほ、本官は現在、勤務中で…」
ああ、そう言えば、マイケルは刑事になったんだっけ。
「そっかー残念だなー!!覚えてるのは、あたしだけか!」
「いや、あの」
「あーそう言えば昔、うちに遊びに来たはいいけれど、テレビゲームに熱中
したあまり、トイレ行くの忘れて、お漏らししちゃった男の子がいて…」
「わ、わ!その話は…!」
「あれ、誰だったかなあ、確か近所の男の子で名前はマイ…」
「わーわーわー!!!!」
「悪かったよ、覚えてるってば!!昔の話やめろよ!お願い!」
「はじめから、そうやって素直になればいいのに。あんた、十代になってから、
やけにカッコつけ出したよね」
「いいだろ別に」
「うん、まあいいや。ねえ、今日はここに何しに来たの?」
「…」
マイケルは黙り込んだ。
「そう言えば昔、近所の男の子がテディベアを使って女言葉で腹話術を…」
「あーもうっ分ったよ、言うよ!」
「放火をめぐって、ブランドンファミリーとルシアノファミリーが小競り合いをして
るって話、アンジェラが兄貴にしたんだろ?」
「まーね」
「この店、ブランドンファミリーの幹部の一人が経営してるんだ。少し探りを入れ
ついでに、警察が組織の抗争に目を光らせているって事実を、知らせてくるよう
言われてる」
「釘刺しにきたってことね」
「…兄貴が、やけに心配してるんだよ」
マイケルは、話ながら歩き出した。
ここへ来た目的は、ブランドンファミリーの様子が探りたかったからだ。
ついでに便乗させてもらうとしよう。
あたしが同行しても、文句を言う気配はない。多分、もう諦めたんだろう。
昔からあたしとマイケルの関係は、こんな感じなのだ。
「心配してるって、何を?」
「血が、流れることを。放火事件はもちろんだけど、犯罪組織が関わって
余計な被害者が出るのを一番恐れてるみたいだ」
「…」
店に足を踏み入れると、店の女の子たちの写真が壁一面に貼られていた。
ふむふむ…なかなか美人が多いようで。
奥のカウンターに、店番とおぼしき男が座ってる。ひょっとすると、ブランドン
ファミリーの一員だという、この店の経営者かもしれない。
あたし達が近寄っていくと、男は眠たそうなまぶたを上げた。
マイケルが小さく
『刑事のふりして、黙っててくれよ』
と、あたしだけに聞こえるように、囁いた。
「なんだい、あんたら?うちは女とデカはお断りなんだけどね」
「お察しの通り、市警察署のものだ」
マイケルがチラ、と警察証をのぞかせる。ほほう、なかなか刑事っぽさが板に
ついてるじゃないの。
「おいおい、警察の旦那が何しにうちへ?査察ならとっくに済んでるぜ。うち
は未成年者も雇っちゃいないし、健康診断だって…」
「店のことで来たわけじゃない」
―――お前たちのファミリー、最近ルシアノとよくもめてるそうじゃないか。
マイケルが、そう言ったとたん、男は仮面を取り払ったかのように激昂した。
「ルシアノだ!?」
ガンッと椅子を蹴り飛ばして、立ち上がった。
「けっあいつらは、クズだぜ、畜生め!」
マイケルは少し面食らったようだ。
「…随分、気に食わないみたいだな」
「ったりまえだろうが!あんたらデカがどういうつもりかは知らないが、いいか
放火犯は間違いなくあいつらだ!」
「そんなもの、何の証拠もない話だ」
「証拠なんか必要ない、あいつらには火をつける理由がある、それだけで充
分だろうが!え?なのに、何で逮捕しねえんだ!?」
「…んな、証拠もなしに、逮捕できるかー!イメクラの婦警さんごっこと同じ
に考えるな!」
なんか、いま、問題発言しませんでしたか、マイケル。
ま、それはともかく。
ブランドンの人間が、ルシアノの一言で、ここまで逆上するとはね…。
しかし、ルシアノファミリーが関わっている、という情報は
ただの“噂”じゃなかったっけ?
目の前の男も、その口で「証拠はない」と言ったばかりだ。
あーなんか、アダム兄ちゃんが恐れるのも分る気がしてきた。
猜疑は人の口を経るにつれて、根拠のない真実味を帯びてくる。武装した組
織と組織が、その集団心理でもって暴走すれば、一体どれほどの被害が出る
だろう。
キイ…
扉の開く音がして。
次いで、アニメのキャラクターみたいな、細くて高い声がした。
「マービン、お客さん来たの~?」
お店の子かな?
人形みたいに可愛い娘だ…何でまた、こんな店で働いてるのかなあ。
「こいつらは客じゃねえデカだ、部屋に戻ってろ、ルル」
マービン、と呼ばれた男は、少し我に返ったように言った。
「とにかく、警察はお前らの動向から目を離さずにいる。馬鹿な真似はし
ないことだ、いいな」
マイケルは、そう捨て台詞を吐いて…すたすたと、店から足早に出て行った。
…って、おいおい。
もう、これで任務終了?
「あれで、良かったわけ?」
「…まあ、当初の目的は、一応達したというか」
「けど、警察なんぼのもんじゃいコラって感じじゃなかった?早いとこ放火犯
見つけないと、本当に近いうち抗争が起きるよ、あれは」
「うーん」
気楽に言ってくれるなあ、とマイケルは頭をかいた。
「とにかく、危険度は分っただろ。アンジェラもちょっと取材は控えてよ」
「兄貴と同じこと言うねー」
「アンジェラに会ったら、念を押しとけって、言われたんだよ」
やれやれ、信用ないねえ。
あたしは、肩をすくめてみせた。
「…ま、今のでさすがに怖くなったからね、今後は自重するわ」
「よし、じゃあ僕は今から署に一旦もどるから。アンジェラは、自分の車ある
んだろ?」
あたしがうなずくと、マイケルは
「早く新聞局に戻りなよ、じゃあまた」
と言いながら、手を振って離れていった。
…
さて、次はクラブ『ベルヌイ』に向かいますかね。
え?自重?
そんな言葉、アンジェラ・ダルトンの辞書には載ってないんですよ。
あしからず。
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アダム兄ちゃんには、ああ言われ
“――――お前を心配するのは俺の権利だろ”
大切な人に余計な心配をかけ…。
…
にも関わらず、今日も取材は止む事なしに続行中。一度動きはじめると、制
止できない、摩擦力ゼロなおのれが憎い…。
さて、本日の取材現場は、フロータウンの繁華街。
けばけばしく飾り立てた、見るからに風俗やってまっせ☆な感バリバリの
お店。その名も、『KISSXXX』。さすがのあたしも、これまで足を踏み入れ
たことはない。
位置的には、ルビークラブや、スナック『マリポサ』のあるビル街を北上した
場所にある。逆に、この道をまっすぐ南へ向かうと、例のコンビニ『ナイト&
デイ』、市警察署、そして企業が軒を連ねるオフィス街へと出ることになる。
『KISSXXX』
これまで、あたしが回っていたのは主に放火の被害にあった現場だった。
しかし、この店は、今のところまだ放火の被害に遭ってはいない。
それなのに、何故ここへ来たのかと言うと…
ん?
…。
あの、きっちりセットされた薄茶色の後頭部には、見覚えがある。
どーも近頃のあたしは、ハート家の人間に縁があるらしい。
足音を立てないように、素早く背後に忍び寄り、
ぽんっ
と肩を叩いた。
「おにーさーん、昼間っからフーゾク通いデスカー?」
「わっ?」
「やっほーアンジェラだよー久しぶり」
「…げっ」
あたしを認識するなり、マイケル・ハートの顔が引きつった。
「あれ、どしたの?あたしの顔、忘れちゃった?」
「…ほ、本官は現在、勤務中で…」
ああ、そう言えば、マイケルは刑事になったんだっけ。
「そっかー残念だなー!!覚えてるのは、あたしだけか!」
「いや、あの」
「あーそう言えば昔、うちに遊びに来たはいいけれど、テレビゲームに熱中
したあまり、トイレ行くの忘れて、お漏らししちゃった男の子がいて…」
「わ、わ!その話は…!」
「あれ、誰だったかなあ、確か近所の男の子で名前はマイ…」
「わーわーわー!!!!」
「悪かったよ、覚えてるってば!!昔の話やめろよ!お願い!」
「はじめから、そうやって素直になればいいのに。あんた、十代になってから、
やけにカッコつけ出したよね」
「いいだろ別に」
「うん、まあいいや。ねえ、今日はここに何しに来たの?」
「…」
マイケルは黙り込んだ。
「そう言えば昔、近所の男の子がテディベアを使って女言葉で腹話術を…」
「あーもうっ分ったよ、言うよ!」
「放火をめぐって、ブランドンファミリーとルシアノファミリーが小競り合いをして
るって話、アンジェラが兄貴にしたんだろ?」
「まーね」
「この店、ブランドンファミリーの幹部の一人が経営してるんだ。少し探りを入れ
ついでに、警察が組織の抗争に目を光らせているって事実を、知らせてくるよう
言われてる」
「釘刺しにきたってことね」
「…兄貴が、やけに心配してるんだよ」
マイケルは、話ながら歩き出した。
ここへ来た目的は、ブランドンファミリーの様子が探りたかったからだ。
ついでに便乗させてもらうとしよう。
あたしが同行しても、文句を言う気配はない。多分、もう諦めたんだろう。
昔からあたしとマイケルの関係は、こんな感じなのだ。
「心配してるって、何を?」
「血が、流れることを。放火事件はもちろんだけど、犯罪組織が関わって
余計な被害者が出るのを一番恐れてるみたいだ」
「…」
店に足を踏み入れると、店の女の子たちの写真が壁一面に貼られていた。
ふむふむ…なかなか美人が多いようで。
奥のカウンターに、店番とおぼしき男が座ってる。ひょっとすると、ブランドン
ファミリーの一員だという、この店の経営者かもしれない。
あたし達が近寄っていくと、男は眠たそうなまぶたを上げた。
マイケルが小さく
『刑事のふりして、黙っててくれよ』
と、あたしだけに聞こえるように、囁いた。
「なんだい、あんたら?うちは女とデカはお断りなんだけどね」
「お察しの通り、市警察署のものだ」
マイケルがチラ、と警察証をのぞかせる。ほほう、なかなか刑事っぽさが板に
ついてるじゃないの。
「おいおい、警察の旦那が何しにうちへ?査察ならとっくに済んでるぜ。うち
は未成年者も雇っちゃいないし、健康診断だって…」
「店のことで来たわけじゃない」
―――お前たちのファミリー、最近ルシアノとよくもめてるそうじゃないか。
マイケルが、そう言ったとたん、男は仮面を取り払ったかのように激昂した。
「ルシアノだ!?」
ガンッと椅子を蹴り飛ばして、立ち上がった。
「けっあいつらは、クズだぜ、畜生め!」
マイケルは少し面食らったようだ。
「…随分、気に食わないみたいだな」
「ったりまえだろうが!あんたらデカがどういうつもりかは知らないが、いいか
放火犯は間違いなくあいつらだ!」
「そんなもの、何の証拠もない話だ」
「証拠なんか必要ない、あいつらには火をつける理由がある、それだけで充
分だろうが!え?なのに、何で逮捕しねえんだ!?」
「…んな、証拠もなしに、逮捕できるかー!イメクラの婦警さんごっこと同じ
に考えるな!」
なんか、いま、問題発言しませんでしたか、マイケル。
ま、それはともかく。
ブランドンの人間が、ルシアノの一言で、ここまで逆上するとはね…。
しかし、ルシアノファミリーが関わっている、という情報は
ただの“噂”じゃなかったっけ?
目の前の男も、その口で「証拠はない」と言ったばかりだ。
あーなんか、アダム兄ちゃんが恐れるのも分る気がしてきた。
猜疑は人の口を経るにつれて、根拠のない真実味を帯びてくる。武装した組
織と組織が、その集団心理でもって暴走すれば、一体どれほどの被害が出る
だろう。
キイ…
扉の開く音がして。
次いで、アニメのキャラクターみたいな、細くて高い声がした。
「マービン、お客さん来たの~?」
お店の子かな?
人形みたいに可愛い娘だ…何でまた、こんな店で働いてるのかなあ。
「こいつらは客じゃねえデカだ、部屋に戻ってろ、ルル」
マービン、と呼ばれた男は、少し我に返ったように言った。
「とにかく、警察はお前らの動向から目を離さずにいる。馬鹿な真似はし
ないことだ、いいな」
マイケルは、そう捨て台詞を吐いて…すたすたと、店から足早に出て行った。
…って、おいおい。
もう、これで任務終了?
「あれで、良かったわけ?」
「…まあ、当初の目的は、一応達したというか」
「けど、警察なんぼのもんじゃいコラって感じじゃなかった?早いとこ放火犯
見つけないと、本当に近いうち抗争が起きるよ、あれは」
「うーん」
気楽に言ってくれるなあ、とマイケルは頭をかいた。
「とにかく、危険度は分っただろ。アンジェラもちょっと取材は控えてよ」
「兄貴と同じこと言うねー」
「アンジェラに会ったら、念を押しとけって、言われたんだよ」
やれやれ、信用ないねえ。
あたしは、肩をすくめてみせた。
「…ま、今のでさすがに怖くなったからね、今後は自重するわ」
「よし、じゃあ僕は今から署に一旦もどるから。アンジェラは、自分の車ある
んだろ?」
あたしがうなずくと、マイケルは
「早く新聞局に戻りなよ、じゃあまた」
と言いながら、手を振って離れていった。
…
さて、次はクラブ『ベルヌイ』に向かいますかね。
え?自重?
そんな言葉、アンジェラ・ダルトンの辞書には載ってないんですよ。
あしからず。
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