「バカ野郎っ!まだ犯人を見つけられねえのか!」
怒号が、びりびりと窓ガラスを震わせた。
「す、すみません、ボス!俺らも、全力で探しちゃいるんですが…」
下級幹部のシェーンが、俺の剣幕に怯えたように後ずさった。
その尻尾を巻いた犬のようなそぶりが、また腹立たしく思えて、俺は更に
声を荒げた。
「もう何日過ぎたと思ってやがる、何の結果も出さずに、よくも俺の前にその
アホ面さらせたもんだな、ええ?」
「いや、お言葉ですが、ボス。俺らだって、何もせずに手をこまねいてるわけ
じゃねえですよ!」
「先だって、お話したでしょう、ルシアノファミリー!」
「…」
「マービンから聞いた瞬間、もう俺ぁぴーんと来ましたね!犯人はヤツらか、も
しくはヤツらの息のかかった人間に違いねえって」
「…それで?」
「はい、下のモンを張り込ませて、ヤツらの動向を逐一探らせてるところです
なにか動きさえあれば、一気に片つけてやりますよ」
俺は、いらいらとシェーンの言葉をさえぎった。
「だから、その『動き』とやらがあるまで、どれだけ待たせる気だ?そもそも
もしルシアノが全くの無関係だとしたらどうする?」
そんなはずはねえ、とシェーンが声を上げる。
どうも、この男の中ではルシアノ=放火犯の図式が固まってしまっている
らしい。俺は窓の外に目をやり、溜め息をついた。
「コーリー、お前はどう思う?」
中級幹部のコーリーは、単細胞のシェーンに比べれば、まだ少しは頼りにな
る男だ。
「ルシアノが関与してるってのは、あり得る話だとは思いますがね…ですが
さし当たっての問題は、犯人が誰かってことじゃあねえでしょう」
「そうだな」
問題は――――いかに、放火の現場を押さえるか、だ。
「仮にルシアノの仕業だとしても、現場を押えないことには、こっちも手の出し
ようがねえ。証拠もなしに犯人だろうと詰め寄ったところで、埒は明かない。
かえって騒ぎを大きくして、上や警察に睨まれるだけだ」
もっとも…と、コーリーはシェーンをちらっと見て言った。
「もう、とっくに手を出したバカも、何人かいるようですがね」
「あ、あれは兄貴、ルシアノんところの、若いのがガンくれてきやがったから
応戦したまでで…」
とにかく、とコーリーは低い声で続けた。
「落とし前だけはきっちり付けさせてもらいます…ボス、放火犯を捕まえた
後の処分は俺に任せちゃくれませんかね」
一見、平静に見えるが、コーリーの腹の中はシェーンや他の構成員に負けず
劣らず、怒りで煮えくり返っていることだろう。なにせ『マリポサ』は、コーリーの
深馴染みが切り盛りする店だ。
俺は、無言でコーリーに頷いて見せた。
…
その時。
トゥ…ルルルルルル
電話のベルが鳴った。
受話器に耳を押し当てると、聞き覚えのある男のしゃがれ声がした。
『わしだよ、スカイラーだ』
「こりゃ、どうも。今日はどうしました?」
スカイラーは、俺の属するブラックファミリーNo.2にあたる男だ。
一見、ただの好々爺に見えなくもないが、古くからブラック家に仕えているだ
けあって、組織の中では一目置かれる存在だ。
…
「例の、レナードに女遊びを教えるって件なら、もう少しばかり待って下さい。
うちも今ちっとばかりゴタついててね」
『いや、今日の電話は、そのことじゃないんだ』
「というと?」
『最近、お宅の若いのが、だいぶ街で騒ぎを起こしてるようだね』
「…」
『シマを荒らされて、気分が悪いのは分るが、少しばかり目立ちすぎるよう
だと、ボスがおっしゃられていたよ、ブランドン』
「…そいつは、どうも失礼を」
『無論、あんた方のトラブルにくちばしを挟もうなんて気は毛頭ないが』
―――ただわし個人の考えとしては、ブラック家の周辺に累が及ぶ前に、
火種はなるべく摘み取っておきたいと思っているんだよ。
「…」
『ルシアノとは、距離を置くことだ。これは老人の忠告だよ、ブランドン』
…やれやれ。上に組織があるってのは、面倒なもんだぜ。
いずれブラックも、ルシアノも、喰らってやりたいが…。
そのためには、力が必要だ。今のブランドンファミリーでは、まだ少々力不足
だろう。
…
とにかく、こちらとて、引き下がろうにも下がれない状況なんだ。
一刻も早く片をつける必要があるな…。
今日は金曜だ。
気分直しのためにも、日が落ちたら、ルビーの店に立ち寄るとしよう。
…まったく、やれやれだぜ。
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