『ベルヌイ』における逮捕劇により、ブライトリバー市を騒がせていた放火犯は
無事保護されたかのように思えた。
…思えたんだけど。
残念ながら、事件はまだ終わっていない。
現行犯逮捕された、事件の被疑者の名は、コリー・ハウ。
驚いた事に、ブライトリバー市立大学に通う、現役大学生だった。
―――本気で、放火なんてするつもり、なかったんです。
ハウは取調室で、そう供述した。
放火という大罪を犯した人間にしては、思いのほか冷静な態度だったという。
いや、ひょっとすると、自分のした行為の重さを、自覚していなかっただけかもしれ
ない…。
「火事なんて起こすつもり、ありませんでした。ただ、ちょっとゴミに火をつけたくらい
で、大騒ぎしてる世間が面白くて」
「なぜ、店舗を狙った?
『マリポサ』や『ルビークラブ』が、暴力団の関係者が経営する店だと、知っていて
やったのか?」
「…」
「…だって、どうせ火をつけるんなら、社会のゴミを相手にやった方が、世の中の
ためになるじゃないですか」
「彼らが、ゴミだと?」
「嫌いなんですよ、あいつら。頭の悪い連中が、ただ腕力が強いってだけで大き
な顔をして、威張ってる」
「…」
「犯行は、君一人でしたことかな?」
「…」
「…」
「違うよね?」
「警視、どういうことです?彼には共犯がいるんですか」
「つまり…大学の、花火同好会ってことさ、マーセル」
「?」
「まったく、たいした学問の徒だよ。情けないことだな」
「…」
…
結局…コリー・ハウの供述により、更に二名の大学生が、緊急逮捕されるこ
ととなった。
逮捕されたのは、ブライトリバー市立大学の二年生、ウェルドン・クック。
そして、同大学の三年生、イルファン・カールソン
驚いた事に、三人は交友関係にはなかった事が明らかになった。
全てはネット上のやり取りによって、計画され、実行されたことだった。互いに
会って話した事も、ほとんどなかったという。
また、動機も、ひどく下らないものだった。
――――騒ぎの中心に自分がいると思うと、面白かった。
供述書を読んで、僕は背筋がぞわぞわとそそけ立つのを感じた。
彼らは、本当に、自分達のつけた火が大惨事を引き起こさないという、
確信があったのだろうか?
…
僕には、よく分らない。
彼らの犯行、その仔細を僕は想像することは出来るだろう。
だが、理解はできない。また、したいとも思わない。
…
「兄貴」
射撃室で兄の姿を見つけ、僕は声をかけた。
「なんだマイケル。まだ、帰ってなかったのか」
「忙しくてさ…ダルトンとローズの昇進が決まったって?」
「ああ、今回の活躍が認められたんだ」
彼らは、僕と同列の刑事となることが決まったのだ。
逆に、アイザック・ウェルズは釈放された。バージル・パーカーの気落ちは
はたから見ていても気の毒なほどだった。
「アイザック・ウェルズを、家に帰して、本当に良かったのかな?」
「ああ、どのみち拘留期限が過ぎるところだった」
「でも…」
「供述書を読んだんだな」
僕は頷いた。
「ハウも、クックも、カールソンも、一様に『バーニーズバー』への放火
は否認してる…」
「そうだ。正確には『バーニーズバー』だけじゃない。コンビニ『ナイト&デ
イ』、そして書店『ブックマート』での放火も、彼らは否認している」
「…つまり、アイザック・ウェルズの無実は、証明されていないってこと
だろ?」
「…」
「隠さないで、教えてくれよ、兄貴。事件のこと、何かつかんでるんだろ?
だからウェルズをあっさり解放したんだ」
そう、事件はまだ終わっていない―――――だが、ハウたちの逮捕によって
確実に何かが動こうとしている。
今の僕には、そんな予感がしているのだ。
「ハウの逮捕の決め手となった、掲示板の書き込み、僕も見たよ」
「ああ、FLA…花火連絡協会か」
ハウはネット上で、趣味のサークルを立ち上げ、花火連絡協会(Fireworks
Liaison Association)という団体の会長を名乗っていた。
―――今週末に仕事が片付いたら、久々に花火打ち上げます!
これが、サークルのページの最後に記述されていた、ハウの書き込みだ。
彼はネット上で、自らを社会人のように装っていたが、この「仕事」の意味
するところが大学の「試験」であったことは、供述により明らかになっている。
犯人は、やはり自己顕示欲を併せ持っていた。ダンカーの言ったとおり、
どこかで自分の犯行を匂わせずにはいられなかったのだろう。
兄貴は、かねてから、FLAの動向に目をつけていたらしい。
ネットにゴマンと存在するページの中から、なぜハウピンポイントで発見する
ことが出来たのか…その辺は、僕にはちょっと説明できない。
おそらく、運も良かったんだろう。
「色々知ってたくせに、僕には何も教えてくれなかったよな」
「悪かったよ。ダンカーと俺とでずっと相談していたんだ…なにしろ、何の確
証もなかった」
とにかく、兄貴はFLAをチェックし始め、やがて彼らが学生ではないかと疑い
を持つようになった。しかし、この時点での疑惑はただの「推測」に過ぎず、
プロバイダに発信者の身元を明らかにさせるための、令状を取り付けること
が出来なかった。
しかし丁度その頃から、ブランドンファミリーの動きが活発になり、放火犯の
身柄を一刻も早く保護する必要が出てきた。
更に、ブランドンファミリーとルシアノファミリーの仲が急速に険悪化したこと
も、事態の緊急度を高めた一因だった。
もともと、兄貴は今回の放火事件には、複数の犯人が存在すると考えていた
ようだ。しかし、それぞれの行動範囲が混在していたために、犯人をなかなか
特定することができず、捜査は難航していた。
別件の放火犯を捕まえるためにも、ダンカーや兄貴は、何としてでも、FLAを
現行犯逮捕したかったのだ。
そのために、試験の終わった土曜日の午後から、翌日の未明にかけて、フロー
タウンに大捜査網を敷いたというわけだった。
「…ハウたち以外の犯人の目星、もう付いてるんだろ」
「…」
「また、僕たち捜査員に内緒で、ことを進めるつもりじゃないよな?ポーター刑
事に、また怒られるよ、兄貴」
「む…それはちょっとなあ」
兄貴は、頭をかいた。
…
そして、後日。
また一人、放火犯が逮捕された。
犯人の名は…
…バーナード・ワッツ。
なんと、放火されたバーニーズバーの店主…だった。
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