…『バーニーズバー』の店主、バーナード・ワッツが自店への放火容疑で逮
捕された翌日の晩。
僕は兄のアダムに誘われ、彼の自宅で夕飯を共にすることになった。
「マギー、ただいま~いい子にしてたかい?」
「あ、パパおかえりっ」
はしゃいだように飛びついたのは、姪っ子のマギーだ。
そう言えば、放火犯逮捕の報道後、マギーの態度が目に見えて良くなった
と兄貴が署で話してたっけ。
父親としての面目躍如というわけで、兄貴としては放火犯逮捕の嬉しい副
産物だったようだ。
「やあ、マギー。今晩は」
「こんばんは!おじさん、また食べに来たんだー」
「パパが食べに来いって言うからさ」
「へえー?」
「たまにはデートとかしないの?」
「…はは」
相変わらず、口の減らない子だ。
「あなた、おかえり!あ、マイケルも来たの?」
義姉さんの声がした。
「義姉さん、今晩は」
「ごめん!仕事が押しちゃって、まだ何も準備してないの、すぐ何か作るから」
やれやれ、義姉さんも相変わらずだな。
兄貴の嫁さんのオードリーはフリーのイラストレーターだ。
仕事柄、勤務時間に融通はきくものの、仕事の納期等が迫ってくると、たまに
家事がおろそかになってしまう。
まあ、悪いひとじゃないんだけどね。
バタンッ
「うっしゃ、簡単にパスタにしよっ」
(あれ?こないだ来た時も、確かパスタだったような…)
「マイケル、なんか言った?」
「…いや、何も。ほんと何も」
「ふうん?ごめんね、お腹空いてるでしょ、すぐ出来るからね」
「MAX期待してます」
実際、腹はすでにぐうと鳴り出している。まさに、空腹は最高の調味料。
オードリーさんの作る大味な料理も、今ならおかわりしてしまいそうだ。
(管理人補足…オードリーの料理スキルは2)
食卓で、兄たちの大学時代の話に花が咲いた。
「また、あの頃みたいなデートがしたいね」
「あなたのお腹が、大学時代のサイズに戻ったらね」
義姉さんは、それでもまんざらでもなさそうな顔で、微笑んでいる。
僕も、二人を見ていて微笑ましくなった。
兄貴とオードリーは、仲のよい夫婦だ。オードリーもマギーも、何だかんだと
言って家長であるアダムを信頼しているようだし、兄貴は兄貴で家族を守る
ために精一杯がんばっている。
…結婚、か。
兄貴のように、大学で好きな人を見つけ、結婚して家庭を持って…以前
は僕も、確かにそんな青写真を心に描いていたものだった。
あの頃―――十代から大学の半ばにかけて、僕には実際、怖いものなんて
何もなかった。
成績は良かったし、ジェニファーと付き合ってたし、ジェニファーの親父さんに
も、けっこう気に入られてた。まさに人生、順風満帆。
それが、一体いつから、こんな風に変わってしまったんだろう。
考えるまでもない…ジェニファーを失ってからだ。
あれを境に、僕の中で色んな歯車がかみ合わなくなってしまった。もちろん
彼女のせいじゃないし、アレックスのせいでもない。
少し前に行われた同窓の集まりでも、僕は二人の婚約を心から祝福した。
…
ただ、僕一人が、まだ何となく立ち直れずいる。それだけだ。
べちょっ!
「!?」
「あははービックリした?ビックリした?」
義姉さんが、僕にミートソースを投げつけたのだ。
「ちょっ何すんですか!!」
「だって、マイケルったら、しけたツラしちゃってさ!」
「…」
「うちの食卓についたら、しゃきっとしてなさい。あなたも捜査一課の一員で
しょう?放火魔つかまえた捜査一課の刑事さん、自信持ちなさいよ」
「…はい」
どうやら、少なからぬ事情を知る義姉さんなりに、僕のことを慰めてくれたら
しい。(でもだからってソースを投げるのはどうかと思うよ、オードリー…)
食事が終わると、みんなでダンス。
…
穏やかな宵のひとときだ。
…でも、義姉さんが仕事に、マギーが就寝のために部屋に戻ると、兄貴の
態度は少し変わった。
「…」
「ゴミ捨て場が心配?」
「ああ、ブライトリバー東西区の放火魔は、まだ捕まっていないからな」
「…ワッツは、ブライトリバーでの放火は否認したからね」
「まあ、想定内ではあったが…」
兄貴は、溜め息をついた。
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