バーナード・ワッツの逮捕は、昨日の夜に行われた。
店に赴いたのは、アダム・ハート警部。
花火連絡協会の時とは違い、ごく穏やかな一幕だったという。
バーナード・ワッツはアダムの同行要請に対して、当初は「そんな馬鹿な、
俺は無実だ、調べれば分る」と反駁したものの、さほどひどい抵抗すること
はなかったそうだ。
…
「ワッツの動機が、店にかけてあった保険金だったとはね」
「ああ、たちの悪いホステスに引っかかった末の悲劇だな」
その辺は、僕も調書を読んだから知っている。
クラブ『ベルヌイ』に勤めるニコールというホステスに入れ込んだワッツは、
彼女にねだられるままに、ブランド物のバッグや高価な宝石を購入していた。
もともと、しがない食堂のオヤジに過ぎないワッツに、たいした資金力がある
わけもない。気がつけば、借金でくびがまわらなくなっていたのだ。
『バーニーズバー』に火をつけたあの晩も、彼は『ベルヌイ』でホステスに会っ
たその帰りだったそうだ。
「妻と別れたかったと言っていたって?」
「ああ。借金地獄から足を洗って、かつ不仲の女房と離婚するためにも、ど
うしてもまとまった金が欲しかったんだろう」
「しかし、従業員に罪を押し付けるなんて悪質じゃないか」
「あれは、ただの偶然だったと本人は主張してるがな」
そして兄貴は、多分それは嘘じゃないと思うよ、と続けた。
「だってウェルズが、店の戸締りのために戻るなんて、幾らワッツだって予想
できることじゃない」
結局、アイザック・ウェルズは、本当に不運だったということだ。
「いつ頃から、バーナード・ワッツだって確信した?」
「そうだな…確信したのは、FLAの逮捕直後だ。もともと、保険金目的の犯
行じゃないかという意見が署内にあったのは知っているだろう」
「あーそういえば、あったね。裏取りに行くのが大変だったんだ、ほんと」
「お前達にはよく動いてもらった。感謝してるよ」
しかし僕たちの調査の結果、『ナイト&デイ』は個人経営のコンビニは火災
保険には加入していないことが分った。『ブックマート』も然り。
そもそも店主たちには、当日、立派なアリバイが存在したため、結局「保険金
目的」という線は、捜査陣の間で立ち消えになっていたのだ。
「言っちゃ悪いが、ワッツは良い時にしっぽを出してくれたよ…」
兄貴は、にんまりと笑った。
こういう顔は、おそらく家族にはあまり見せないんだろうなあ。
「地域をフロータウンに限定しての話だが、FLAが犯行を認めた店舗を除け
ば、残る店は『ナイト&デイ』、『ブックマート』、そして『バーニーズバー』…
この三つの店舗は、全て半径150m以内の範囲に収まる」
そして、その中で経済状態がひどく悪かった経営者は、バーナード・ワッツた
だ一人…。
他店におけるワッツの犯行は、どちらも休憩時間を利用したものだった。
彼が時折、休憩と称して店を抜けていたことは、従業員たちの証言によって
明らかになっている。
「それにしても、あの店のコック、たいしたもんだね」
「ああ、店主が何時何分に休憩を取ったのか、きちんと把握して記憶してい
てくれたからな」
彼女は、アイザック・ウェルズが警察にしょっぴかれた時も、別件の放火に
おける彼のアリバイを証言していた。なかなか頼もしい女性である。
「ワッツが犯行を思いついたのは、FLAの犯行をTVで見たからだって?」
「ああ、他の放火魔の仕業に見せかければ、自分の店が燃えても疑われ
ずに済むと考えたんだろう」
「念入りにしすぎたね・・・いくら木を隠すには森と言ったって、自分で火を
つければ重罪だ。他の店にしてみりゃ、いい迷惑だよ」
「基本的に、身勝手な男なんだよ、彼は」
・・・が、結果的に『ナイト&デイ』は、ワッツに意趣返しをしたことになる。
バーナード・ワッツは事情聴取の際、犯行のあった夜『ベルヌイ』に立ち寄っ
たことは認めたが、その後はまっすぐに自宅に戻っていたと主張した。
しかし、ワッツが自店での犯行直後に、「ナイト&デイ」に立ち寄っていた事
実が、店の監視カメラによって、ばっちり記録されていたのだ。
『ナイト&デイ』で回収された燃えないゴミの中から、バーナード・ワッツの指
紋のついた、ライターと燃料の形跡が残されたビンが発見されたことで、彼
の犯行は決定的なものとなった・・・。
「あの、ジェシー・マーティンって店長はなかなかやるね。放火事件が起きた
当日のゴミを保管しておいたそうじゃないか」
「おかげで、状況証拠だけで逮捕することなく、ワッツを自白に追い込めた。
彼には本当に感謝しなくては」
・・・
やがて、僕は兄貴に暇を告げ、自宅へと向かった。
警察の捜査によって、フロータウンを騒がしていた、二組の放火犯が逮捕さ
れた。それはとても喜ばしいことなんだけれど、事件が完全には解決してい
ないということで、そう浮かれてもいられない。
ブライトリバー東西区での放火は、もうしばらく起きていない。
しかし、今後けっして起きないという確証なども、無論ないわけで。
実を言うと、連続放火事件の捜査本部は今日以降、大幅に縮小されることが
決定した。そして、僕はその本部に残留することが決まっている。
理由は東西区の出身で、ここの事情に詳しいから、だそうだ。
指揮権は今後、兄貴からマーセル・グリーマン警部補に移る。マーセル、僕
そしてアンディとバージル。
・・・正直、この面々で事件が解決できる自信がない。
ひんやりした夜風に身をぶるっと震わせる。
僕は肩を落としつつ、とぼとぼと家路についたのだった・・・。
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