朝、目が覚めると母さんはもうキッチンにいた。
「母さん、おはよう」
「おはよう」
昨日はごめん、なんて言ったら、また妙な雰囲気になってしまいそうで、いつも
通りの挨拶をして、いつもどおりの顔で食卓についた。
今日は土曜日で、学校は休みだ。
「ごめんね、ママ今日も仕事あるの。お昼は準備していくから」
「あたし、マギーのうちに行って来る」
「ハートさんの家に?分かったわ、レオンは今日の予定はあるの?」
「んー…フロータウンに、買い物に行こうかな」
欲しかった本もあるし、それに確か『HP』でスポーツウェアのセールがあるって、
アイザックが話してたんだ。あいつはフロータウンでアルバイトをしているから、
その手の情報が早い。
本当は、僕もアイザックみたいに、バイトがしたいんだ。
でも、レイラが高校に入学するまでは、学校が終わった後、母さんの代わりに
家にいなくちゃいけない。
国の条例で、高校生以下の子供が家にいるときは、必ず一人以上の保護者
が面倒をみなくてはならない。それに違反すると、子供を養育する資格なしと
判断され、レイラは施設に連れて行かれてしまうんだ。
時々思うけど、法律って何かいびつだよな…。
『HP』、正式名称『ヘルス・パートナーズ』は、フロータウンで一番大きなスポーツ
用品専門店だ。僕にはとても手が出ないような、高価なスポーツ器具(僕らの間
での通称、グルグルマシーンとか…)も売っている。
今日の僕の目当ては、50%OFFのシムダスのスポーツシャツだ。
あれ、あの人知ってるぞ。
『HP』の社長だ。街の名士の一人で…えーと、何だっけ。あの子、影が薄くて
名前が出てこない。髪の長い、よく水槽の前でぼんやりしてる子。何とかホー
ルデンのお父さんだ。
後姿を見ていたら、彼がいきなり、くるっと振り向いた。
「何かお探しで?」
び、びっくりした。後ろに目があるのかよ、この人。
「いや、あのーシャツを買いに来たんですけど…」
「ああ、それなら今ちょうどセール中だ。シムダスでも、アルキでも、全て50%
OFF出血大放出!2枚買っても1枚分の金額で済むんだよ!」
「はあ…」
「そうだ、君、ジムで体鍛える気ない?今、二階のジムで会員募集中なんだ。
どうだい、マッチョになれば、もてるぞー」
高校生が、HPのジムなんて通えるわけないじゃないか。でも女の子にもてる
か…いいかもな…なんて、ふと釣られそうになって、慌てて首を振る。
「すみません、僕、会員になれるほど、お金ないです…」
「そっかー残念だ、大人になって、ばんばん稼ぐようになったら是非来てくれよ!
支店もあちこちあるからさ!」
ばんばんと言いながら、肩をバンバン叩かれた。
「はあ、じゃあ稼ぐようになったら、その時また」
「待ってるよ!」
彼はにこやかに手を振りながら、立ち去っていった…。
なんか、娘(まだ名前が出てこない)とは全然イメージの違う、パワフルな人
だったな。十代にまで営業するとは、すごい商売根性だよ。
>>NEXT >>MENU >>BACK