レナード・ブラックとの取っ組み合いに負けて以来、僕には心に思うことが
あった。そう…はっきり言って、僕は
…ケンカに弱い。(ずーん)
認めたくはないが、あのケンカは僕の完敗だった。
怒りにまかせてレナードに挑んだはいいけれど、結局、一方的にぶちのめさ
れて、クラスみんなの前で大恥をかいてしまった。
キレてパワーアップするなんて、格闘漫画の主人公でもない限り、現実には
あり得ないんだな、やっぱ。
でも…あの敗北のあとで、ハニー・ジャクソンが何故か僕を追ってきてくれた。
あれ本当に、何でなんだろう。未だに謎でしょうがない。
確かに僕とハニーは、小学校の時は仲が良かった。でも高校に進学して以
来、もうずっと喋ることもなくなっていた…あれかな、ボロ負けした僕に同情し
てくれたってことかな。
けれど、惨めさと痛みで頭がいっぱいだった僕は、あの時、彼女にあまり良
い態度をとれなかったと思う。
保健室に行こうという申し出も断ってしまった。
だって、どんな顔で治療を受ければいいんだか…泣いても笑っても、惨めさ
に変わりはないじゃないか。
…
とにかく、あのひどい敗北以来、僕が悶々と考えていたのは、ただ一点。
“強くなりたい”
これだった。
幸い、アイザックの容疑は無事に晴れ、先日からまた普段どおりに登校し
てくるようになった。
「なんか色々と、迷惑かけたらしいな。ごめんなー」
他のヤツから事情を聞いたらしいアイザックは、少し気まずそうに僕に言った。
「いや、僕が勝手にキレたんだ。いつかは、ああなるって何となく思ってたし」
「そりゃそうだけどさ…」
アイザックは、僕が負けたことについては、とうとう一度も口にしなかった。
でも、口にしなければ、敗北の事実が消えるかっていうと、そうでもないん
だよな。
…
だから僕は、コレを機会に決意したのだ。
本気で、身体を鍛える。
レナードに負けぬくらい、強くなってみせる…!
さて、そんなわけで。
僕はいま、『マーティン・プロボクシングジム』というボクシングジムの前に
いる。
タウンページで適当に見繕っただけで、何のリサーチもせずに来たんだけど
…な、なんか思ったより、静かだな。
静かと言うか、ほとんど人気がない。こういうところって、汗だくのボクサー達
がせわしなくスパーやシャドウボクシングをしているイメージがあったんだけど
なあ。
そもそも、開業してるのか、ここ?
「ごめんください」
恐る恐る、足を踏み入れると…
「何の用だ、ぼうず!」
「わっ」
…うわ、怖そうな爺さんが一人。ひょっとして、これがトレーナーなのか。
この人しかいないの?まじで?
「あの、実は僕…ボクシングに興味があって」
「興味だあ~~~~?興味?いいか、ボウズ」
なんか、家に帰りたくなってきた。
「ここは、ガキの遊び場じゃねえぞ?」
「…いや、ですから、ボクシングを習いたくてですね…」
「はっは、お前さんみたいなひよっこが、ボクシングを習おうってのか!野球くらい
しかした事がないんじゃないか?え?」
「はあ」
うーん、何だか遠まわしに、入門を拒否されてるって感じだ。
まあ気に入られなくて、運が良かった。早く家に帰って、別のジムを探そう。
こんな怖そうなところ、冗談じゃない。
「よし、決まりだ。トレーニングウェアを貸してやる、とっと着替えろ」
「はい、分りまし…って、ええ?」
えー?
…
「いいか、わしがまず手本を見せてやる!」
「ソイヤアッ」
バスーン!!
おおっ、すごい!年寄りなのに、すごい迫力のパンチだ。
よーし、じゃあ僕も…
かまえて…
「こら、何しとんだ、ボウズ」
「はい?」
「ど素人に、いきなりサンドバッグ打たせると思うか、アホウ。
いいか、まずは基礎からだ。みっちり仕込んでやるからな、覚悟しとけよ!」
「…」
「いや~久々の入門生じゃ、腕が鳴るわい!」
…
ズンチャ♪
…
ズンチャ♪
…
ズンチャ♪
…
「ほれほれ!膝がさがっとるぞ!真剣にやらんかっ!」
「…ひいはあひい」
「たらたらするな!30分追加するぞ、この根性なし!」
…
とりあえず今の僕には、勝利どころか、サンドバッグへの道すら遠い、らしい。
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