皆さん、こんにちは。
私の名は、ロン・ポーター。ブライトリバー東区に暮らす、平凡なサラリーマ
ンです。
家族構成は、妻一人に娘が四人。
末娘のシェリーは、つい先日、誕生したばかりです。シェリーの誕生は我が
家にとっては非常に素晴らしいイベントでしたが、休日に息子とキャッチボー
ルをするという、私のささやかな夢は、またしても遠のいてしまいました。
遠のくと言うか…おそらく、もう叶わぬ夢なんでしょうね。
五人目の子供をもうけるという選択肢は、私達夫婦にはすこし贅沢すぎる
ように思えます。
シェリーの生まれる随分前から、妻のマリサと私は、マイホームの購入に
ついて何度も話し合っていました。
何しろ、子供たちが成長するにつれ、現在の住居は明らかに手狭になって
きています。リナの進学前にマリーやロザリーが、十代へと成長することを
考えると、もはや一刻の猶予もないと言えるでしょう。
しかし、問題は購入資金です。
ある程度の蓄えがあるとは言え、六人家族の満足できる一戸建てともなれば
かなりの価格となります。子供たちのためにも、できる事ならば、各自に一人
部屋をあてがってあげたい私とマリサは、現在、ブライトリバー以外の地域も視
野に入れつつ、手ごろな物件を探しているところです。
…
今日、私は突然社長室に呼び出されました。
私の勤めているアダマス社は、正確にはアダマス・コーポレーション（株）
といい、世界各国に事業を展開している大手の陶磁器メーカーです。
一般には、食器や浴槽・トイレなどの水周りで知られていますが、実際には
もっと多岐にわたる分野（工業・電子機器に使用されるファインセラミックや、
環境エンジニアリング等）で、国内外に高いシェアを誇っています。
これが、現代表取締役社長、ロジャー・フィッツジェラルド氏です。
しがない中間管理職である私は、当然ながら殆ど接した機会はありません。
（一体どんな用件を言われるものやら…？
まさか、いきなり解雇…いやしかし、そんな社長直々に、解雇通達などする
はずが…しかし…）
考えうる限りの、もっとも悲惨な想像をめぐらせつつ、社長室のドアをくぐった
私は、そこで上司のネイサン・ロビンスの顔を見つけました。
どうやら彼は、私よりも先に呼ばれていたようです。
「遅いじゃないか、ポーター君」
「すみません。連絡を受けてから、急いで向かったのですが…」
上司達に侘びながら、私はロビンスがひどく上機嫌なことに気がつきました。
「社長に代わり、私が簡潔に説明しよう。君を呼んだのは他でもない…」
…
…
ロビンスの説明は驚くべきものでした。
この度、新たに設置される社長直属の機関である「内部統制室」、その総
責任者に私の上司、ネイサン・ロビンスが抜擢され、彼は自分の補佐として、
この私を統制室の次長に指名したというのです。
…つまるところ、早い話が、私はとんでもなく出世したのですよ。
マリサ、子供達、喜んでください。私は今日、上級取締役へと昇進しました！
「内部統制システムの整備は、わが社の根幹に関わる仕事だ。くれぐれも
頼んだよ、ポーター君」
フィッツジェラルド社長からも、そのような檄を飛ばされ、私は嬉しいやら緊張
するやらで、頭が真っ白になりそうでした。
事実、今後の私の携わる業務が、大変な激務となるだろうことは想像に難く
ありません。何しろ会社の体制を抜本的に見直し、改善し、整備していく大仕
事の一端を担うのですから。
長らく、出世とは縁のないサラリーマン生活を送ってきましたが、こんなサプラ
イズも時には人生に起こりうるのですね。今日は私にとって、本当に驚異の一
日となりました。
…
「アダマスの社運は、我々にかかっているといっても過言ではない！いいか
ねポーター、我々に与えられた責任とは…」
社長室から戻った後、ロビンスのオフィスで、興奮状態になった彼のおしゃべ
りにしばらくの間、付き合わされました。
彼は優秀な社員ですが、目上の人間に接する時以外は、周囲の感情に対し
て、さほど気を配らないタイプの男です。
ロビンスのオフィスを出た後、日本の支店から長期出張に来ている、トオル・
マノのデスク近くを通りかかったので、なにげなく近寄ってみました。
熱心にＰＣの前に座って、作業中です。さすが、日本人は仕事の虫といわれ
るだけありますね、感心、感心…
と思ったら
ゲームしてますよ、このジャッ○。
「マノくん、君、なにやってるの」
「げっ、か、課長！」
「勤務中にゲームって、君いったい何を考えてるんですか！」
「…す、すみません、これはその～スキー用具にわが社の製品を一部応用で
きないかとか何とか、ええと、ちょっとした思い付きで…」
やれやれ。社員の乱れは、すなわち組織全体の緩み。
どうやらこの先、統制室次長としてなすべき業務は本当に多そうです…。
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