ガション ガション
ひい、はあ、ひい…
ぜへ ぜへ ぜへ
「も、もう、むり、です」
「喋る元気があるんなら、大丈夫だ。そのまま、もう2セットな」
お、鬼だ、このジジイ…。
結局、あれから僕は、このボクシングジムに通っている。
すぐにでも打ち合いをさせてくれるかと思いきや、ずっと筋トレ、筋トレ、筋
トレ…の毎日だ。
このジムのオーナーであり、たった一人のトレーナーであるキースに、一度
打診してみたけれど、返ってきたのは答えは・・・・「お前にゃまだ早い」
怖い顔で、これだけ。
自分でも、格闘技のセンスがあるとは思わないけど、そんなに見込みがな
いのか、僕は?
軽く打ち合うくらい、させてくれたっていいのに…
だっだっだっ…
「あのー」
荒い息の合間に、キースに聞いてみた。
「何だ、小僧」
「…なんで、こんなに、ボクシング以外のトレーニングばっかり、させるん
ですか?」
「強くなりたいんだろう?」
「そりゃ」
そうだけど、と足元を見つめて呟いた。
レナード・ブラックの顔が、まぶたの裏にちらついて、すぐに消えた。
「それじゃなにか、お前は強さを得るのに、なんか上手いコツや、楽な近道が
あるって本気で考えてんのか」
「・・・・・・・・」
どきっとした。
…
「うわっ」
ずでべっ
「なにやっとるんだ、あほう」
「・・・・・・・・・」
傷口に塩を塗りこむような発言は、頼むから止めて欲しい。
しかし――――
その後キースは「まあ、そろそろいいだろう」と言って、僕に初めてサンドバッ
グへの打ち込みを許可してくれた。
「自分の身体の変化を、実感するといいさ」
「?」
「こい、レオン!」
「このサンドバッグを、倒したい相手だと思って、かかってこい!」
…あ。
今、僕の名前、はじめてレオンと呼んでくれた。小僧とか、あほうじゃなく。
よーし
「レオン、いきます!」
バスーン!
「よっしゃ、もう一度だ!死ぬ気で打ち込め!」
バスーン!
バスーン!
バスーン!
…
…
…確かに、僕の身体は以前よりもずっと動くようになっていた。関節のやわ
らかさも、全身の筋肉への意識も、全てが段違いだ。
「分ったろう、基礎が大事だってことが」
打ち込み終了後、キースに言われて、僕はうなずいた。額の汗がぱた…っと
床に滴り落ちる。
格闘技のセンスとか、そういう言い訳をするのは、もう止めようと思った。
…
ぐるる
「腹が減ったか?」
げ、聞こえた?
「うちで飯食ってくか?」
「…」
「遠慮はいらん、どうせマズイからな。わしの手料理だ」
…
なんのフラグだ。
キースの自宅は、ジムのすぐ隣りにあった。小さな平屋だ。
手料理ってことは…彼は独り暮らしなんだろう。
庭の片隅に、ゴミにまぎれて空の酒瓶が転がっている。
こう言っちゃなんだけど、敷地内はけっこう荒れた雰囲気だった。
…あんまり、家族の事とか、聞かないほうがいいのかもしれない。
室内に入ると、想像通りの殺伐さだった。おまけに、テーブルの上に、また
酒瓶がある。
「その辺の椅子に座っとけ。すぐに出来る」
僕は足元に注意しながら進み、ダイニングテーブルの椅子にこしかけた。
ふと、左手の壁に顔を向けると、あまり目立たない場所に、何かの彰状らしき
ものが飾られているのが目に入った。
「何だ、これ…?」
――――キース・マーティン刑事 殿
…における強盗犯逮捕の功績により、ここに表彰するものである…
え?
刑事?
キースって、昔は警察官だったのか!?
「なにやっとんだ、こら!」
「あ、ごめんなさい…キース、刑事だったんですね」
「む、うむ…まあな、過去の話だ」
「すごいなあ、強盗犯を逮捕して、表彰されるなんて」
「…ちっ、いいから席に着け!あんまりジロジロ見るな」
「え、何で、わざわざ飾ってあるんでしょ?」
「違う、なんていうか、ほら、一種の覚え書きみたいなもんだ。忘れんように
冷蔵庫に貼っておくような…だいたい普段は、この家に客なんか来ないんだ」
驚いた事に、キースは、どうやら照れているらしい。この爺さんの、意外な側
面を見たようで、僕はちょっとおかしくなった。
…
カチャ カチャ
「…あれ?」
「なんだ」
「いや、意外に美味しいんで、びっくりしました」
「黙って食え」
「はい」
カチャ カチャ
その時、電話のベルが鳴った。
「…なんだ、お前か」
受話器に耳をあてたキースの口調が不意に低く――――硬いものになった。
そのまま、ボソボソと話し続ける。
「ああ…いや…悪いが、最近は忙しくてな」
『――――――――』
「暇がないんだ。もういいだろう、放っておいてくれないか」
『――――――――』
そして、通話は途切れた。
「・・・・」
「・・・・」
微妙に、気まずい沈黙が漂う。
「…わしの、息子だ」
僕からたずねるまでもなく、キースの方から打ち明けた。
「昔、仲たがいをしてな。それ以来、ずっと顔も合わせてない…すまんな、食事
の途中に辛気臭い話を」
…
息子、か。
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ひい、はあ、ひい…
ぜへ ぜへ ぜへ
「も、もう、むり、です」
「喋る元気があるんなら、大丈夫だ。そのまま、もう2セットな」
お、鬼だ、このジジイ…。
結局、あれから僕は、このボクシングジムに通っている。
すぐにでも打ち合いをさせてくれるかと思いきや、ずっと筋トレ、筋トレ、筋
トレ…の毎日だ。
このジムのオーナーであり、たった一人のトレーナーであるキースに、一度
打診してみたけれど、返ってきたのは答えは・・・・「お前にゃまだ早い」
怖い顔で、これだけ。
自分でも、格闘技のセンスがあるとは思わないけど、そんなに見込みがな
いのか、僕は?
軽く打ち合うくらい、させてくれたっていいのに…
だっだっだっ…
「あのー」
荒い息の合間に、キースに聞いてみた。
「何だ、小僧」
「…なんで、こんなに、ボクシング以外のトレーニングばっかり、させるん
ですか?」
「強くなりたいんだろう?」
「そりゃ」
そうだけど、と足元を見つめて呟いた。
レナード・ブラックの顔が、まぶたの裏にちらついて、すぐに消えた。
「それじゃなにか、お前は強さを得るのに、なんか上手いコツや、楽な近道が
あるって本気で考えてんのか」
「・・・・・・・・」
どきっとした。
…
「うわっ」
ずでべっ
「なにやっとるんだ、あほう」
「・・・・・・・・・」
傷口に塩を塗りこむような発言は、頼むから止めて欲しい。
しかし――――
その後キースは「まあ、そろそろいいだろう」と言って、僕に初めてサンドバッ
グへの打ち込みを許可してくれた。
「自分の身体の変化を、実感するといいさ」
「?」
「こい、レオン!」
「このサンドバッグを、倒したい相手だと思って、かかってこい!」
…あ。
今、僕の名前、はじめてレオンと呼んでくれた。小僧とか、あほうじゃなく。
よーし
「レオン、いきます!」
バスーン!
「よっしゃ、もう一度だ!死ぬ気で打ち込め!」
バスーン!
バスーン!
バスーン!
…
…
…確かに、僕の身体は以前よりもずっと動くようになっていた。関節のやわ
らかさも、全身の筋肉への意識も、全てが段違いだ。
「分ったろう、基礎が大事だってことが」
打ち込み終了後、キースに言われて、僕はうなずいた。額の汗がぱた…っと
床に滴り落ちる。
格闘技のセンスとか、そういう言い訳をするのは、もう止めようと思った。
…
ぐるる
「腹が減ったか?」
げ、聞こえた?
「うちで飯食ってくか?」
「…」
「遠慮はいらん、どうせマズイからな。わしの手料理だ」
…
なんのフラグだ。
キースの自宅は、ジムのすぐ隣りにあった。小さな平屋だ。
手料理ってことは…彼は独り暮らしなんだろう。
庭の片隅に、ゴミにまぎれて空の酒瓶が転がっている。
こう言っちゃなんだけど、敷地内はけっこう荒れた雰囲気だった。
…あんまり、家族の事とか、聞かないほうがいいのかもしれない。
室内に入ると、想像通りの殺伐さだった。おまけに、テーブルの上に、また
酒瓶がある。
「その辺の椅子に座っとけ。すぐに出来る」
僕は足元に注意しながら進み、ダイニングテーブルの椅子にこしかけた。
ふと、左手の壁に顔を向けると、あまり目立たない場所に、何かの彰状らしき
ものが飾られているのが目に入った。
「何だ、これ…?」
――――キース・マーティン刑事 殿
…における強盗犯逮捕の功績により、ここに表彰するものである…
え?
刑事?
キースって、昔は警察官だったのか!?
「なにやっとんだ、こら!」
「あ、ごめんなさい…キース、刑事だったんですね」
「む、うむ…まあな、過去の話だ」
「すごいなあ、強盗犯を逮捕して、表彰されるなんて」
「…ちっ、いいから席に着け!あんまりジロジロ見るな」
「え、何で、わざわざ飾ってあるんでしょ?」
「違う、なんていうか、ほら、一種の覚え書きみたいなもんだ。忘れんように
冷蔵庫に貼っておくような…だいたい普段は、この家に客なんか来ないんだ」
驚いた事に、キースは、どうやら照れているらしい。この爺さんの、意外な側
面を見たようで、僕はちょっとおかしくなった。
…
カチャ カチャ
「…あれ?」
「なんだ」
「いや、意外に美味しいんで、びっくりしました」
「黙って食え」
「はい」
カチャ カチャ
その時、電話のベルが鳴った。
「…なんだ、お前か」
受話器に耳をあてたキースの口調が不意に低く――――硬いものになった。
そのまま、ボソボソと話し続ける。
「ああ…いや…悪いが、最近は忙しくてな」
『――――――――』
「暇がないんだ。もういいだろう、放っておいてくれないか」
『――――――――』
そして、通話は途切れた。
「・・・・」
「・・・・」
微妙に、気まずい沈黙が漂う。
「…わしの、息子だ」
僕からたずねるまでもなく、キースの方から打ち明けた。
「昔、仲たがいをしてな。それ以来、ずっと顔も合わせてない…すまんな、食事
の途中に辛気臭い話を」
…
息子、か。
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