妊娠したことを支局に報告すると、局長から速攻で『産休』を言い渡された。
シム国の高い社会福祉水準に感謝ー。
病院での検査結果を告げると、電話越しで母さんはすごく喜んでくれた。
そして
「くれぐれも、栄養をきちんと取るのよ。空腹をおぼえたら、すぐに何か口に
してね…疲労と空腹が一番の敵だから」
と、忠告してくれた。何でもシム国における、妊婦の死亡原因の第一は、
『空腹』なのだそうだ。こわ~。
まあ、指摘されるまでもなく、暇さえあれば、がつがつ食らっているわけで
すが。だって、おなか空くんだよー妊婦って。
ネリーも、あたしの体調については、ちょっと度が過ぎるくらい気にかけてる。
「だるかったら、無理して買い物とか行かなくていいからな」
「うん」
「今日は、あまり天気も良くないし、何なら宅配サービスを使ってもいいんじゃ
ないか」
宅配ねえ。ホントは出歩きたいけど、確かに体調も万全とは言えないから
ネリーの言うとおりにしておいた方がいいかもしれない。
そういえば、今日はネリーの刑事として初出勤の日だった。
巡査の制服も精悍でスキだったけど、スーツ姿もなかなか…v(笑)
BR署から支給された、このオッサンくさい背広も、ネリーが着るとわりと決まっ
て見える。惚れた欲目ってやつでしょうか。
「行って来るよ」
「いってらっひゃ~い」
…
「お、降り出したな」
…
食事の後はソファーでだらだら。
妊娠してから、自宅で食っちゃね、食っちゃね。
身体は楽だけど、はっきり言って精神的にはちっとキツイ。今はお腹の子が
一番大事とはいえ、こうしてぼーっとしている、つい考えてしまうのは…
…
BR東西区を騒がせていた、例の放火犯のこと…
今ごろ、犯人は一体どこで何をしているのやら。
こんな風にソファーに寝転がって安楽椅子探偵を気取ってみても、何の進展
もないことなんて分ってる。
考えるだけじゃ、駄目なんだ。
だって、この事件は材料があまりにも少なすぎる。
それにしても、いまだ目撃者の一人すら見つけられないなんて―――
…
サアア…と、窓の外から聞こえる雨の音が大きくなった。雨足が強くなった
みたいだ。
「ネリー、あんまり濡れずに、職場まで行けたかな…」
…雨は、なかなか降り止まない。
ネリーのアドバイスに従って、今日は食料品の配達を頼むことにした。
朝食後、一眠りした後でパジャマのまま電話。
配達さん、いらっさーい…って、あれ?
この怖モテなお顔は、どこかで拝見したような…
あ
「ガーティのお母さん!」
「ああ?」
ガーティ・ウェルズ(旧姓)のお母さんは、初めは怪訝な顔をしていたが、すぐ
にスーパーで会った時のことを思い出したらしく、笑顔に変わった。
「ども、ご無沙汰してます」
「いや、こっちこそ。しかし何だねえ、あんたとは何か縁があるのかねえ?」
「あれ、そう言えば、以前は東区のスーパーでお会いしましたよね?」
ウェルズ夫人は、顔をしかめて溜め息をついた。
「ああ、最近はあっちこっちの支店にヘルプに行ってるんだよ、何しろ人手が
足りなくてね…レジ専門だの、商品補充専門だのとぜいたく言ってられない
わけさ」
「大変ですね」
今はどの企業でも、正社員の数を減らしてなるべくコストダウンをはかろうと必
死だ。経営のためとはいえ、現場に残された従業員たちの負担は否応にも増
していく。…なかなか難しい問題だ。
ペリーズ・ファイン・デパートの経営状態は、いまどうなんだろう。
ふっと、そんな事を考えた。
ウェルズ夫人が暇を告げて、配達トラックへと向かうのを、窓から見送った。
日頃見慣れているサービススタッフが、個人的な知り合いかと思うと何だか
不思議な感じだ。
幸い、いつの間にか、雨は上がっていた。
…よし、今日の夕飯はシェフサラダにしよう。
先日、母さんから、野菜をおすそ分けしてもらったばかりだし。
バンクビルの野菜直売所で買ったとかいう、よだれが出そうなトマトときゅうり。
ペリーズ・ファイン・デパートの美味しいチーズも入れて、ちょっと豪華なサラダ
にしよっと。
へへ。
主婦するのも、けっこう楽しいな~。
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