妊婦はトイレも近い。
お、市民美術展の告知、無事に載ってる。
産休を機に、同僚のビンセントに引き継いでもらった仕事だ。無事に掲載され
て、ちょっぴりホッとした。市民から、たくさん応募があればいいな。
…
ドン ドン!
「アンジェラ!頼む、早く出て!やばい!」
うわ、しまった!ネリーのこと忘れてた。
…
「…アンジェラ」
「新聞読むのはいいけど、頼むから朝にトイレこもるのは止めてくれ」
「ごめん、ごめん」
わりと真剣な顔で頼まれた。どうやら、けっこうギリギリだったようだ…。
その後、ネリーは昨日と同じように出勤していった。
…
「今日も、天気良くないなあ」
家に一人でいると、雨の音がやけに耳につく。
「…ネリー、早く帰って来ないかな」
…
静かな家に、どことなく寂しさを感じていたせいか、午後になって姪っ子のハ
ニーが遊びに来た時は妙に嬉しかった。
「おばさん、妊娠おめでとう!」
「ふふ、ありがと。もう結構、お腹出てるでしょ」
「いつ頃、生まれるの?」
「どーかな、産休に入って、けっこう時間経ってるから…」
もうそろそろ、出産は近いかもしれない。単なる、勘だけど。
それにしても、少し前に会ったばかりなのに、ハニーはまた少し女の子らしく
なったみたいだ。
そろそろ、好きな人でも出来たかな?
「ところで、今日はどうしたの?母さんの店でのバイトは、お休み?」
「うん。あのね、実は叔母さんに少し相談したいことがあって」
相談?
「…進路のことなんだけど」
ほほう?
「ハニーの相談になら喜んでのるけど…ママ達には、もう色々相談したの?」
あたしが問いかけると、ハニーは首を横にふった。
「だって、ママは大学に行けなかったでしょう?十代のころに、おじいちゃん…
ママのお父さんが電気事故で亡くなって」
そういえば、そうだった。
父さんの死は、まだ幼かったあたしには、ほとんど実感の湧かない出来事
だったけど、思春期だった姉さんにとっては…。
ホントに大変だったろうな、いろいろと。
なのにハルのやつ、そんな姉さんのそばにいながら、浮気しやがって…。
って、いいかげんしつこいな、あたしも。
「ハニーは、どっちかと言えば進学希望なの?」
「まだ、迷ってるの。特に専攻したい学科があるわけじゃないし…わたし他
の人みたいに、夢とかないし」
どこか、寂しそうな顔つきだ。ハニーの年代なら、夢がしっかり固まってる子の
方が少数派だと思うんだけどねえ。
「ねえ、おばさん」
「ん?」
ハニーは、なぜか少し口ごもっている。ちょっと顔が赤いみたいだ。
「好きな人が大学行くから…一緒に行きたいって、そういう風に考えるのって
だめかな?」
「あー…」
なるほど、そういうことか。これは、パパには相談できないやね。
「いいと思うよ?」
「でも、そんな動機で大学行くなんて、パパたちにも悪いような気がする。学
費だって払ってもらうのに」
いい子だな、ハニー。さすが姉さんの娘だ。
「そうだね。…でもさハニー、人生で大事なのは、後悔のない選択をすることだ
とあたしは思うよ」
「…」
「あの時、ああしてれば良かった、こうしてれば良かったって歯噛みする位なら
今の自分の気持に正直になってごらん」
「…うん」
ありがとう、おばさん。ハニーはそう言って、姉さんによく似た顔で微笑んだ。
それにしても、ハニーの好きになった男の子って、一体どんな少年だろう。
一度どんなヤツか、チェックしないといけないな。
…
そうこうしているうちに、ネリーが帰ってきた。
「ただいま」
「あ、おかえりー」
「なあアンジェラ、俺の同窓のエドって覚えてる、大学の?」
「エド?赤毛のエド・ファインズ?」
ネリーはあたしの後輩にあたるので、彼の友達とあたしの友達は全てが
重なるわけじゃない。でも、エドのことはうっすら記憶に残っていた。
「さっき、たまたまエドと彼の奥さんに道で会ってさ、家に招待したんだけど
いいかな?」
「え、いいよ。外にいるの?早く呼んで来なよ」
今日はハニーもいることだし、いっしょに夕飯を食べてもらってもいいかな。
久々に、にぎやかな食卓になりそうだ。
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