俺が世の中で尊敬する人間といったら、兄貴のマイクだ。
え、ビル・ゲイツ？あれは、俺が機会さえあれば、今の地位から追い落とし
たい人間の一人だよ。
「マイク、お帰り！」
「お、でかくなったなーお前、貯金は順調か？」
「堅実さ」
「そりゃ良かった」
これが、俺と兄貴のいつもの挨拶だ。
兄貴はこつこつとバイトして貯めた金と、優秀な成績の生徒だけが得られる
奨学金を利用して、親に一切負担をかけずに、大学に通っている。
世界をまたにかける大実業家になるのが夢なんだ。
「やれやれ相変わらずねえ、アイザック。こっちにもキスなさいよ」
「姉ちゃん、まだ生まれないの？」
母さんそっくりの顔にキスしながら、俺はでかい腹をちらっと見た。骨っぽくて
大柄な姉貴の体がこんな風になるなんて、まったく人体は神秘だ。
「時期がくれば、生まれるわよ」
ゆったりと構えている姿は、やっぱり母さんによく似ている。
もちろん、俺は姉貴も尊敬している。姉貴も奨学金で大学に通ったくちだ。
経済学を学び、今は『アダマス』という大企業に勤めている。そうして稼いだ
給料のうち、結構な額を家に送ってくれている。
姉貴がバイトの金で学費をまかなえなかったのは、十代の頃、俺とマイクの世
話をしてくれたからなんだ。
「いっぱい食わなきゃ駄目だぞ、ガーティ。赤ん坊が全部吸い取るんだからな」
「分かってるわよ、父さん。でも今の時期は、あんまり栄養過多になっても、母
体によくないのよ。ね、ジェシー」
「そうらしいんですよ、お義父さん」
俺は姉貴のことは、女であるという部分以外はよく理解していると思う。
ただ一つだけ、不思議なのは、ガーティの旦那である、このジェシーだ。
何で姉貴は、こいつを選んだのか、俺は未だによく分からない。
ジェシーは、ガーティが高校に通ってた頃からの彼氏だ。
昔はもっと、いきがってるチンピラっぽいヤツだった。
姉貴が大学に通い始めた後、俺はてっきり二人の仲は自然消滅したものと
ばかり思っていた。
姉貴は十代の頃から、かなり上昇志向が強い女だった。貧乏暮らしが骨身に
しみてたからだろう。「あたしは金持ちと結婚する」宣言を、俺は少なくとも14回
くらいは聞いてる。
ところが、大学卒業後、姉貴はこいつと結婚した…髪を切って、服装と言葉遣い
と生活態度を改めた位で、結局はしがないコンビニの雇われ店長に過ぎない、
このジェシー・マーティンと。
誤解しないで欲しいが、俺はジェシーが嫌いじゃない。彼はかなりいいヤツだ。
少し抜けてるが、ガーティを大事にしているし、親父とも仲がいい（母さんのこと
は正直、ちょっと恐れているらしいが、それは俺らも似たようなもんだ）
結局、俺に理解できない女の部分で、姉貴は結婚を決めたってことかな…。
「アイザック、宿題もうやったのか？」
「昨日の分は。でもまだ予習はしてないよ」
「せっかくだから、勉強見てやるよ」
やった！
結局この日、マイクはずっと俺の勉強を見てくれた。
「大学の勉強で疲れてるんだろ、ごめんな」
「利用できるものは、できる時にしとくんだよ、馬鹿だな」
ぐりぐりと、頭をなでられた。畜生、兄貴ってほんと人心掌握が上手いよな…。
「またな、アイザック」
「また来てくれよな、絶対」
姉貴たちは、もう帰ってしまった。マイクとも、これでしばらく会えない。
本当に親しい客は、訪れた時が嬉しい分、別れがつらい。空の二段ベッドの
ある部屋に戻れば、そこは昨日よりずっと寂しい場所に思えるだろう。
「なあ、お前にだけ、いい事教えてやるよ」
帰り際、兄貴がこそっと俺にささやいた。
「なんだよ？」
「あのな、俺プルウォーターにちっちゃな店持ってるんだ、大学の仲間と共同
出資だけど、正真正銘、俺の店だぜ」
ビックリしている俺にひらっと手を振ると、兄貴はすたすたと振り返らずに、立ち
去っていった。
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え、ビル・ゲイツ？あれは、俺が機会さえあれば、今の地位から追い落とし
たい人間の一人だよ。
「マイク、お帰り！」
「お、でかくなったなーお前、貯金は順調か？」
「堅実さ」
「そりゃ良かった」
これが、俺と兄貴のいつもの挨拶だ。
兄貴はこつこつとバイトして貯めた金と、優秀な成績の生徒だけが得られる
奨学金を利用して、親に一切負担をかけずに、大学に通っている。
世界をまたにかける大実業家になるのが夢なんだ。
「やれやれ相変わらずねえ、アイザック。こっちにもキスなさいよ」
「姉ちゃん、まだ生まれないの？」
母さんそっくりの顔にキスしながら、俺はでかい腹をちらっと見た。骨っぽくて
大柄な姉貴の体がこんな風になるなんて、まったく人体は神秘だ。
「時期がくれば、生まれるわよ」
ゆったりと構えている姿は、やっぱり母さんによく似ている。
もちろん、俺は姉貴も尊敬している。姉貴も奨学金で大学に通ったくちだ。
経済学を学び、今は『アダマス』という大企業に勤めている。そうして稼いだ
給料のうち、結構な額を家に送ってくれている。
姉貴がバイトの金で学費をまかなえなかったのは、十代の頃、俺とマイクの世
話をしてくれたからなんだ。
「いっぱい食わなきゃ駄目だぞ、ガーティ。赤ん坊が全部吸い取るんだからな」
「分かってるわよ、父さん。でも今の時期は、あんまり栄養過多になっても、母
体によくないのよ。ね、ジェシー」
「そうらしいんですよ、お義父さん」
俺は姉貴のことは、女であるという部分以外はよく理解していると思う。
ただ一つだけ、不思議なのは、ガーティの旦那である、このジェシーだ。
何で姉貴は、こいつを選んだのか、俺は未だによく分からない。
ジェシーは、ガーティが高校に通ってた頃からの彼氏だ。
昔はもっと、いきがってるチンピラっぽいヤツだった。
姉貴が大学に通い始めた後、俺はてっきり二人の仲は自然消滅したものと
ばかり思っていた。
姉貴は十代の頃から、かなり上昇志向が強い女だった。貧乏暮らしが骨身に
しみてたからだろう。「あたしは金持ちと結婚する」宣言を、俺は少なくとも14回
くらいは聞いてる。
ところが、大学卒業後、姉貴はこいつと結婚した…髪を切って、服装と言葉遣い
と生活態度を改めた位で、結局はしがないコンビニの雇われ店長に過ぎない、
このジェシー・マーティンと。
誤解しないで欲しいが、俺はジェシーが嫌いじゃない。彼はかなりいいヤツだ。
少し抜けてるが、ガーティを大事にしているし、親父とも仲がいい（母さんのこと
は正直、ちょっと恐れているらしいが、それは俺らも似たようなもんだ）
結局、俺に理解できない女の部分で、姉貴は結婚を決めたってことかな…。
「アイザック、宿題もうやったのか？」
「昨日の分は。でもまだ予習はしてないよ」
「せっかくだから、勉強見てやるよ」
やった！
結局この日、マイクはずっと俺の勉強を見てくれた。
「大学の勉強で疲れてるんだろ、ごめんな」
「利用できるものは、できる時にしとくんだよ、馬鹿だな」
ぐりぐりと、頭をなでられた。畜生、兄貴ってほんと人心掌握が上手いよな…。
「またな、アイザック」
「また来てくれよな、絶対」
姉貴たちは、もう帰ってしまった。マイクとも、これでしばらく会えない。
本当に親しい客は、訪れた時が嬉しい分、別れがつらい。空の二段ベッドの
ある部屋に戻れば、そこは昨日よりずっと寂しい場所に思えるだろう。
「なあ、お前にだけ、いい事教えてやるよ」
帰り際、兄貴がこそっと俺にささやいた。
「なんだよ？」
「あのな、俺プルウォーターにちっちゃな店持ってるんだ、大学の仲間と共同
出資だけど、正真正銘、俺の店だぜ」
ビックリしている俺にひらっと手を振ると、兄貴はすたすたと振り返らずに、立ち
去っていった。
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