わたしの住んでいる街、ブライトリバーは、川を挟んだ西と東で身分の差がある
らしい。よく分からないけど、西区に暮らすわたしのことを、人は時々、お嬢様と
呼ぶ。
お嬢様という言葉につきまとうイメージが、わたしには少し迷惑だ。
わたしの父親、アンドリュー・ホールデンは、大きな会社を経営する社長さん。
それだけでなく、ブライトリバーでもかなり古い家柄の出身ということで、この
街ではちょっとした有名人なんだそうだ。
ふーん…としか言えない。
実感が、湧かないから。お父さんが社長なのも事実、ホールデン家の家柄が
古いことも多分本当だろう。
でも、それが何故わたしの評価に影響するんだろう?
お父さんにもお母さんにも言えないけれど、本当はわたし、そのことがとても
気持ち悪い…。
今日は憂鬱な日だ。せっかくの日曜日なのに、顔も知らないお客さんに会わ
なくちゃいけない。お客さんの名前はエレーヌ・ランドグラーブ。
大地主ランドグラーブ家の、現当主の、妹さん、らしい。
「大事なお客様だから、きちんとしたご挨拶をするのよ」
お母さんはそう言っていたけど…
この人がエレーヌさん…。
冷たい目をした人、というのは、わたしの勝手な先入観だよね、きっと。
「これが、次女のジェシカです。長女と長男はあいにく出ておりまして…」
「ジェシカさん、わたくしはエレーヌです。よろしく」
抑揚のない声。わたしはすっかり、動揺してしまった。
知らない人に会うと、いつもこうなのだ。動悸がして、耳がほてって、目の前が
真っ白になる…。
とりあえず、ランドグラーブについて、知っている事を話題にしてみた。
「友達から、聞きました…ランドグラーブはとても古い家なんですよね」
「ええ、その通りです。それに、わたくしの母方もランドグラーブの遠い親戚で、
ランドグラーブと同じだけ古い家柄です」
エレーヌさんが、得意そうに鼻をつんと突き上げた。
「それじゃ、やっぱり幽霊とか、見たことあるんでしょうか」
「は?」
「幽霊です。ご先祖様の幽霊を、ご覧になったことありますか」
「な、何ですって、失礼ね」
お母さんがぴしっと固まったのを、背中で感じた。
駄目だった。幽霊は社交的にNGワードだったみたいだ。
「ランドグラーブの人間は、全てブライトリバー聖堂のランドグラーブ家の地所で
復活の日まで静かに眠っています!」
「ごめんなさい、あの、幽霊がいたら楽しいと思ったんです」
だって、自分のご先祖さまを見たら、自分を取り巻くこの不思議な環境が、少し
は具体性を帯びるのじゃないかと、わたしはそう思ったのだ。
でもわたしの話術は、結局エレーヌさんを怒らせただけだった。
恐る恐る、後ろを振り向く。お母さんが小さく首を振って、もう部屋に行きなさいと、
うながすのが見えた。
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