「ボス、例の女客の件なんですがね…」
「おいおいリッキー、今から一大イベントだぜ、仕事の話は後にしてくれ」
「ああ、こいつは失礼」
親父とリッキーの会話を、ブランドンがつまらなそうな顔で、脇から見ている。
やがて、親父がレックスを抱き、ケーキの前に連れてくると、周囲の注目は
いっせいにそちらへと注がれた。
「レナード、よく見ておけよ」
親父が、横に立っている俺に話しかけた。
「これは、いずれお前の片腕になる、お前の血を分けた弟だ」
「…」
「身体に流れる血の絆を忘れるな。お前は兄だ。兄には弟を守り育てる義務
がある。分かっているな、俺の後は、お前達二人がこのファミリーを盛り立て
ていくんだ」
「だう」
レックスが同調するように、声を発した。
守り育てる義務、か…。
俺は眼も、鼻も、まだ何もかも小さな弟を見つめた。
正直、血の絆と言われても、とっさにはぴんとくるものがない。
だが、俺はただ一言、分かりましたと返事をした。父に対して否などと答え
られるはずもない。
…
この後、レックスは無事に幼児へと成長した。
「いや~いいっスねえ誕生日!俺、昔からケーキの上のろうそく、ふーって
消すのが夢なんスよ」
客たちが思い思いにくつろぐなか、ギルが俺に話しかけてきた。
「ろうそくを消すのが夢?」
「へい」
なんか、変わった男だな。
「いやーおれんち貧乏でしたんでね。それに親父はしょうもない飲んだくれで、
おふくろは俺を生んですぐポックリいっちまった。だからガキの頃は、誕生日を
祝うなんて、とてもじゃないけど出来なかったっス」
「…」
「兄貴は、誕生日祝いなんてくだらないって言うけど、俺はいつかでっかい
ケーキにろうそくいっぱい立てて、そいつを吹き消してみたいんスよ」
「そうか」
…いい夢じゃないか。
「で、そいつをメロンみたいなデカい胸の女といっしょにナイフでカットして、二
人で白いキャデラックに乗ってハネムーンに行くんス!」
「…」
まあ、夢は人それぞれだよな、うん。
食堂でにぎやかしく食事をとる人々の輪から抜け出た俺は、玄関ホール
でギブスに出くわした。
「こりゃ、どうも坊ちゃん」
「こんなところで、何してる?」
「いやあ、なに。散歩ですよ、散歩。へへ・・」
媚びるように、薄い笑いを浮かべるギブス。だがこの笑顔がただの仮面だと
いうことを、俺は知っている。
スカイラーがいつだったか、こぼしていた。
「どうもギブスの野郎は、何かといやあ言い訳ばかりしやがる。あいつのや
る事は筋が通ってない。信用ならねえ男です」
スカイラーはアホだが、無闇にファミリーの一員をけなすような男じゃない。
ギブスには確かに、どこか油断のならないところがあるんだ。
「坊ちゃん、これからいよいよ手綱を引き締めてかからなくちゃね。弟ができ
たら、まず力関係を教え込むのが大事ですぜ」
「力関係だと?」
「弟は兄貴にゃ絶対にかなわないんだってことを、小さい時分から叩き込むの
が肝心だって言うことでさあ」
ギルを服従させている、ギブスらしい言い草だ。だがわざわざコイツに言われ
なくても、弟との順位を逆転させるような事だけはしないつもりでいる。
俺達の組織は、基本的に縦社会だ。下手に馴れ合って、互いの立場をあいま
いにすれば、却って組織の和を乱すことになるのだ。
もしギブスが、この後の台詞を言わなければ…俺は、このままで立ち去っただろう。
だがヤツは唇をめくりあげ、楽しむような口調で、こう言った。
「さもなきゃあ、あんたの親父さんのような事になっちまいますぜ」
!?
「親父が何だって?お前、なにが言いたいんだ!?」
「おや、相談役に聞いてないんですかい。ああそうか、スカイラーはボスが
襲名した時はまだム所の中だったから、詳しいことは知らないんだったな」
「…親父が」
「へへ、教えてあげますよ、あんたの親父はね」
殺したんですよ、実の兄貴を。
それで、自分がファミリーのトップの座に座ったってわけさね。
「レナード坊ちゃん、あんたもせいぜい気をつけることですね。へへ、油断し
てたら、そのうち背後から…やられちまいますぜ」
「ふざけんな!勝手なことぬかしやがって!」
「なに、単なる忠告ですよ、忠告…」
ギブスはにやにやと笑いながら、そそくさと立ち去っていった。畜生!
あの野郎…機会があれば、ぶっ殺してやるぜ。
…
「…」
「…あうあう」
「あーぶ」
殺し合いなど、決してするものか。
たとえ俺達がマフィアであったとしても…俺達は血の繋がった、家族なのだ。
皮肉なことに、俺はギブスから親父の話を聞いたことで、はじめてレックスを
本当に心から家族だと思うことが出来た。
これまでは、どこか他人のように思っていた小さな赤ん坊は、今やまぎれも
ない俺の「弟」だった。
レックス、俺がお前を守ってやる。
例え何があっても、お前は俺の大事な弟なんだから。俺達は二人で組織を盛
り立てていく運命なんだ。
親父の過去については、後でまたゆっくり考えるとしよう。でも因果なんか…
俺はそんなもの、絶対に信じないからな。絶対に。
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