ここは、『バーニーズバー』。フロータウンの一角にある、大衆食堂だ。
俺、アイザック・ウェルズは、ここでウェイターのアルバイをトしている。
以前の勤め先が突然つぶれて、焦っていた俺が、この店の外壁に張られて
いたウェイター募集の張り紙に飛びついたのが、約二ヶ月前のこと。
…今思えば、あの時、俺はもう少し慎重に動くべきだった。
今更、悔やんでも後の祭りなんだけどさ。
これが、店長のバーナード。バーナードの店だから、バーニーズバー。しごく
単純だ。ちなみに店長の性格も、しごく単純だ。
とにかく、すっげー『業突く張り』。
「サニー!とっととホットドッグの皿を出せ、お客さんが待ちわびてるぞ」
「はいはいはい、言われなくても、手は動いてるよ!!」
ちっ
「あのタヌキ、ぶつくさ文句いいやがって、こっちはきちんと皿出してるんだ。
客がさばけないなら、てめえの采配ミスだろうが、ええ?」
バーナードに聞こえないところで、そう吐き捨てたのは、同僚のサニーだ。
彼女は『他人の事にはわれ関せず』がモットーの、クールなコックだ。
口は悪いが料理の腕は確かで、この店の客足が途絶えないのも、彼女の
料理のおかげだろうと俺は思ってる。
「ウェルズ!」
「ぼさっとしてないで、注文取ってこい、このウスノロ!」
言われなくても、さっきから注文取りと料理運びとテーブルの片付けを同時に
こなしてるんですけど、俺?
今日は店に入ってからこっち、5時間休みなしだ。店長の方はどうかと言えば、
さっきトイレと称して、10分程も戻ってこなかった。帰ってきた時は、タバコの匂
いでぷんぷんだ。やってられるか、くそ。
あーもう、足が棒みたいだぜ、神様。
…
「アイザック、おーい」
およ?
「おーなんだ、レオンじゃん」
「ここでバイトしてんだ?偶然だな」
「ん、まあ話は席についてからな。店長、客ひとりお願いしまーす」
レオンが面白そうに言った。
「忙しそうだな」
「目が回りそうだ」
「じゃ、もう頼んじゃうよ。ハンバーガーひとつね」
「OK!」
俺とレオンは、そこそこ仲がいい。
レオンは目立たないタイプだが、付き合ってみれば、なかなか良いヤツなん
だ。むやみにカッとなる事もないし、つまらない嘘をつくこともない。
ただ、最近は何やら沈みがちなのが、俺としては気になっていたところだ。
少し前のことになるけど、レオンがレナード・ブラックともめた時は少し驚いた。
普段、あんな風に激昂するところなんて、見たことがなかったから。
まあ俺だって、母さんのことを悪く言われたら、黙っちゃいないだろうけどさ。
それにしても、アレ以来、レオンとレナードの仲は相当ヤバい。互いにぴりぴ
りして、事あるごとに反目しあってる。
おかげで、周囲はいつ何が起きるかと、ひやひやし通しだ。
嫌いな相手は無視してりゃいいのに…なんて、部外者の俺なんかは考え
ちゃうんだけどなあ。
おっと、三番テーブルを片してる間に、レオンの皿が出来たみたいだ。でも
別のテーブルの客が、注文したそうな顔で俺を見てる。ドリンクバーのグラス
はもう少しで切れそうだし、あーくそ、身体があと三つくらいあったらな!
「おまたせ!]
「あ、ありがと。でもアイザック、そんな焦るなよ。お盆が…]
「え?ああ…」
(早くあそこの客の注文聞いて、グラスを洗浄器にかけなきゃ。はやく…)
ぐら
「わ」
「おおお?」
がっしょーん!!!
しまったーーーー!!!!手元がすべっちまった!
「ぶえー…」
レオンの半身は、野菜やピクルスやソースでめちゃめちゃだ。
「わ、悪い、レオン!まじでごめん!」
「ウェルズ!!!何やってんだ、この大バカ野郎!!!」
「店長、すみません。焦って手元が…」
「ったく、なんて使えねえ野郎だ!お前みたいのを何ていうか知ってるか、給
料泥棒だ、給料ドロボー!!」
「そ、そんな…」
泥棒なんて、それはないだろ!
そりゃ失敗したのは悪かったさ。でも俺は真面目に働いてる。第一、皿をひっく
り返したのなんて、正真正銘、今日が初めてなんだぜ?!
このオッサン、まじでクレージーだ。
「とっとと、注文を取ってこい!クソガキ!」
「…」
くっそー。
腹の中が煮えくり返るぜ。でも、今は仕事中…とりあえず、客のところに行かな
くちゃ。レオンの料理も作り直してもらわなきゃならないし…
ああ、でもやっぱり腹の虫がおさまらない。
くそー!くそー!死んじまえ、くそ店長め!
むかむかしながら、ふと顔をあげると、ナプキンで顔をぬぐい終わったレオンが、
心配そうな顔でこっちを見ている。俺が『ごめん』というそぶりをすると、『気に
すんな』と向こうもそぶりで返してきた。
…ちぇ、嫌な場面見られちまったなあ。
店長も、友人のいる時に、あんな風に叱らなくたっていいじゃないか。
俺は店長への腹立ちと、怒鳴りつけられるところを見られた恥かしさと、あと料
理をぶっかけたレオンへのすまない気持ちとで、ごちゃごちゃになりながら、それ
でも急いで客の元へと走っていった。