ばしっ
手加減なしで締めたせいか、カッとなったレナードにもの凄い勢いで振り
はらわれた。こいつは基本的に、女相手でも手加減をしない男だ(悪人
のカガミだよな、まったく!)
げほっと咳き込みながら、レナードが怒鳴る。
「何しやがんだ、殺すぞてめー!!!」
あたしも負けじと怒鳴り返す。
「お前が悪いんだろうが、末期のヤク中みてーな生返事ばっかりしやがっ
て!!」
「んっだと、俺がいつ糞ジャンキーの真似なんかしたよ!?」
「だから…!」
あたしらといる時に、なに上の空になってるって、そう言ってるんだよ!!
「…」
「…」
…
「…悪りぃ」
何だよ、やけにしおらしくなりやがって。気持ち悪いじゃないか。
あたしは、レナードの急変した態度に、怒りがすーっと冷めていくのを感じた。
本当は、なんとなく見当はついている。
上の空の原因は、十中八九―――――こいつの家のことだろう。
レナードの家の事情、あたしは殆ど知っている。
バービーは知らない。金持ちのドラ息子とは思ってるかもしれないけど、ブラッ
クファミリーとのつながりまでは、多分想像もしていないだろう。
レナードのおやじが、街の裏社会を牛耳るボスだってこと。そしてレナードが、
マフィア一家の、跡取りだということ。
これは、別にレナードが打ち明けてくれたわけじゃない。店の姐さんたちの雑
談から、うっかり伝わってしまったのだ。
―――ねー知ってるー?
―――レイ・ブラックの息子がさあ、ノーマの学校に通ってるらしいよー
―――うっそ、二代目?
―――いいなーあたしも学生だったら、そっこーツバつけるのになー
―――でも、マフィアだよ、やばいって
―――いやそもそも、あんたじゃ相手にされないって
実は『クラブ・ベルヌイ』は、ブラックファミリーの庇護下にある店の一つなん
だ。(正確には、ブラックファミリーの傘下にある、ブランドンファミリーのシマ
らしいが)
レナードは、あたしが彼の事情を知っている、ということを知っている。
だから今更、何を聞かされようと、どん引きなんかしないと、分かっているは
ず。なのに、レナードはあたしに、何も打ち明けようとしない…。
…
そうか、何で自分が怒っていたのか、ようやく分かった。
「結局、お前って…あたしのこと、信用してないんだよな」
「ちがう」
「何が、ちがうんだよ」
「お前だって…」
レナードは、苦しそうな顔をした
「お前にだって、秘密の一つや二つくらい、あるだろ?」
「…」
ある。
―――父親のこと。
―――アホな男達に、身体を売ってること。
――それから…
「…」
はあっとため息をついたら、突然、色々なことがどうでもいいような気持ちに
なった。
そうだよな。
何を抱えてようが、重要なのはそんなことじゃない。
「なあ、レナード、キスしようか」
「は?」
レナードは、ここ一番、というくらい間抜けな顔で聞き返した。あたしは、ぷっ
と笑った。
「いいだろ」
軽く言ったつもりなのに、声が少し震えてしまった。
…
これまで、レナードとは一度もキスなんてしたことがない。けど、レナードは拒
まなかった。あたしのことを、別に好きなわけじゃないと知っていても、やっぱ
り少し嬉しかった。
やばいな、息がつまりそうだ。
どうやら、あたしはこの男が好きらしい。
レナードの長い髪が頬に当たるのを感じながら、あたしは何故だか、泣きた
くなった。好きな男と触れ合って、何で泣きたくなるんだろう?
自分でも分けがわからない。
ただ、ドキドキはしても、わくわくはしていない。
それだけは、自分でも、はっきりと分かっていた。