エリコさんが怒って帰ってしまった、三十分程後…二人目の面接者が『フィ
ーべ』を訪れました。
面接者の名前は、ジュディ・ロングさん。年頃は二十台半ばでしょうか。それ
にしては、あまり化粧っ気がないというか…。
「…」
あのー…お洋服に、シミみたいな物がついてるんですけど…
しかし、そんな事を声に出して指摘するわけにもいきません。お祖母ちゃんも
困惑しているみたい。
うーん。
私はお祖母ちゃんのお店以外でのバイト経験はありませんが、普通は面接の
時って外見に気を使いますよね?
特に、今回の募集は接客スタッフですから、清潔さや爽やかさは優先される
べき条件です。私だって、そんなに潔癖な方ではありませんが、こういった場
面ではもう少し気を使って、身奇麗にしてくると思います。
「ジュディさん、接客の経験はありますか?」
お祖母ちゃんが、ためらいがちに質問しました。
「…」
「…先月まで、ペリーズ・ファイン・マーケットで、レジ係を…」
ぼそぼそと、低くて小さな声。うっかりすると、聞き落としてしまいそうです。
「ああ、それじゃ、レジの経験はおありなのね」
お祖母ちゃんの顔が、少し明るくなりました。
確かに、もしレジの腕が確かなら、戦力として充分期待できます。
お店に来るお客さんたちの中には、レジの待ち時間をちょっとも辛抱できな
い短気なひともいるんです。そういう人は、時には怒って買い物袋を床に投
げすてていくこともあります。ひどいですよね。
「それではジュディさん、前の職場を退職された理由は、どのような…?」
「…」
「ジュディさん?」
「…」
長い、異様に長い沈黙の後で。
「…お前が接客すると、客が怖がって逃げるって…、マネージャーにそう
言われて…クビにされました…」
あちゃー…。
…
…
長い沈黙を破ったのは、お祖母ちゃんの事務的な声でした。
「えーと、あの、それじゃジュディさん、面接は以上で終わりです。採用の合否は、
また後日に電話で連絡しますから…」
お祖母ちゃんが、そう言ったとたん
ガタッ
ジュディさんが、突如、イスから立ち上がりました。
「どうせ、不採用なんでしょう!?電話なんかしてこなくたって、分ってるわよ
このババア!!」
えええええ?なにこれ、いきなり逆ギレ???
「はっきり言えばいいでしょ、お前みたいな貧乏臭くて不景気な顔のブスなん
か雇えないって、店の環境が下がるから、お断りだって、そう言えばいいじゃ
ないよ!?」
「ちょ、ちょっと、ジュディさん!」
「あんたの顔に、全部書いてあるんだよ!!お前は自分たちには相応しくない
ってね!!」
「お帰り下さい!」
お祖母ちゃんが叫びました。
「そうです、不採用です!あなたにこのお店のレジ係りは無理です、お帰りく
ださい!」
…
「なによ…」
「…」
「帰るわよ…言われなくても…」
「…出口は、あちらです」
お祖母ちゃんの声、震えていました。こんな厳しい表情のお祖母ちゃんを見た
のは、初めてのことでした。
…
ジュディさんが立ち去った後で、お祖母ちゃんが私に言いました。
「ごめんねハニー、嫌な思いをさせたわね」
「ううん、私は、平気」
お祖母ちゃんの方が、きっとショックを受けたはずです。あんな風に怒鳴り
つけられて、ババアなんて言われて…。
「何で、あのジュディさんって人、あんなに怒ったのかな?まだ面接の結果
は分らなかったのに」
私の呟きに、お祖母ちゃんは、寂しそうな微笑を浮かべました。
「きっと、これまでに沢山、裏切られて、傷つけられてきたのね…不幸な未来
しか描けなくなってしまったんだと思うわ」
「ねえお祖母ちゃん、あの人、採用するつもりだった?」
「そうねえ」
----可能性は…あったわね。
お祖母ちゃんは、言いました。他に良い人が見つからなければ、レジの経験者
であるジュディさんを雇う可能性はあったのだそうです。
「でも駄目ね…あんな風に、内面に抑えきれないほどの怒りを秘めている人は、
恐ろしくて雇えないわ。ましてや、ハニーと一緒になんて」
お祖母ちゃんは、沈んだ声で、そう呟きました。
私は、悲しくなりました。これは、エリコさんとの面接の後より、ずっとひどい終わ
り方です。正直、もう面接なんてしたくありません。
いい人なんて、本当に見つかるんでしょうか?世の中には、エリコさんやジュディ
さんみたいな人ばかりなのでは?
私は、何だか絶望的な気持ちになって、ぐったりと床を見つめました。