「こらっ」
うわっ!ダンカーのカミナリが落ちた。
「そこの、おしゃべりしている連中、無駄口叩く暇があったら、放火犯の手が
かりを探してきてくれないか。アダム警部、何か意見は?」
おっと、放火犯の話題だ。
僕は少し緊張して、席に座りなおした。
「意見と言われましても…」
兄貴は考え込むような口調で言った。
「何しろ、今回の放火魔の特徴は、無差別放火ですからね。住宅、店舗の
別なく犯行に及び火をつける場所は主にゴミ捨て場…」
そうだった。
僕は報告書の内容を、脳内で反芻する。
犯行区域は、ブライトリバー全域。事件が始まったのは東区の住宅街だが、
最近は西区の高級住宅街や、フロータウンでより頻発している。
ここ最近は、特に店舗のゴミ捨て場が狙われている。コンビニ、ファミリー
レストラン。
事件の中には、メディアにあおられた、便乗犯が混じっている可能性も高い
と僕たちは判断していた。
「パトロールの回数を増やしても、いっこうに件数が減らないのは、どうした
わけだ!?」
ダンカーは苛立たしげに、大声を出す。
「…」
ダンカーは、ため息をついた。
「とにかく我々に必要なのは情報だ!目撃情報!垂れ込み!大歓迎だ!
一つ一つの情報をおろそかにするな!」
僕たちは、互いに目を見合わせた。ダンカーは続ける。
「放火犯の心理には、警察に見つかるまいとする恐怖感と共に、自らの犯
行を世間に誇示したいという強い欲求があるはずだ。だから本人が、我々
にコンタクトを取る可能性もある。いいか、市民からの声をつぶさに拾うんだ」
捜査会議の後で、マーセルがアダムにぼやいた。
「しかし警部、市からの予算は毎年ぎりぎりですよ。パトロールに配する人員
だって馬鹿になりません…まったく頭が痛いですよ」
「一刻も早く、放火犯を捕まえないことには…」
兄貴たちが、ぼそぼそと話しているのが聞こえる。
誰もが、放火犯を捕まえたい気持ちは同じだろう。しかし実際には、捜査は
一向に進んでいない。
ダンカーが情報を拾えと力説していた。もちろん、彼の言うことは正しい。
だが、現実には警察に寄せられる情報のほとんどが、提供者の勘違いや、
面白半分の嘘ばかりなのだ。それらの情報の真偽を確かめる僕たちの労力
たるや、まったく大変なものだ。
市民を守るのが、僕らの義務とはいえ…
…
「あ」
「よっ」
じょろじょろじょろ…
じょろじょろじょろ…
「はあ…ったく、頭痛いよなあ、色々と」
「ん?風邪か?」
「…」
「頭痛がしたら、ウメボシって植物をこめかみに貼るといいらしいぞー。アビー
は信じないって言ってたけど」
あー…。
僕もこいつみたいになれたら、毎日楽しいだろうなあ。
「マイケルさー、最近どう?」
いきなり、アンディに言われた。
「なにが?」
「うん、女関係とか」
ぐわ、直球なヤツめ。
「あはは別にー?今は仕事が面白いって言うかー?」
「やっぱりジェニファーのこと、忘れてないんだ」
「…」
「…な、何言ってんだよ。もう別れて随分経ってるんだぜ?もう全然、顔も覚
えてないって」
「それは嘘だ」
「はい嘘です。でも気持ちは全然、かけらも残ってないから!時の流れに風
化したから!」
「まあ、そう必死になるなって」
「ううう」
ジェニファーは、僕がティーンの頃から大学の三年まで付き合っていた人だ。
そろそろ婚約を意識しかけた頃にふられたから、正直、傷は大きかった…
「リンダの奴がフリーなら、絶対お前に勧めるのになあ」
「サンキュ。気持ちだけ、もらっとくよ」
リンダというのは、アンディの双子の姉のことだ。
実は彼女も、ここブライトリバー市警察に勤めているんだ。もっとも、警察官
ではないんだけどね…。
「まあ、元気出せや!独り者!今度うちに飯食いに来い!」
「ちくしょう、この妻帯者め!ありがとよ!」
がしっ
カチャ…
「…」
「…」
「…」
「な、何やってるんだ、君達…ッ」
マーセルに、いやな誤解をされた。
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