わしの名は、スカイラー。
ここ、フロータウン一帯で勢力を誇る、ブラックファミリーの補佐役をつとめとり
ます。下の者からは、NO.2なんて呼ばれたりもしますが、なに、言ってみりゃ
ただ他より長く生き残っちまっただけの、しがない老いぼれでさあ。
社会的には、ブラック系列の会社で役員の肩書きを頂いておりやす。形ばか
りの職ですがね…。
この方が、わしのお仕えしているファミリーの首領、レイ・ブラック様。
先々代に拾われて、以来この方がわしの三人目の主です。
初めてお会いした時は、まだほんの小さな子供だったのに…今じゃ、こんな
に立派なボスになられました。いやはや、時の流れを感じますわい。
「ボス、お疲れじゃないですか、肩おもみしましょう」
「あ?ああ、すまんな」
老人が年若い者の方をもむ構図は、奇妙でしょうかね?
しかし、年齢こそ下ですが、ボスの心労はわしなんぞとは比べ物にならぬ
ほど大きいのです。表向きにはBR屈指の実業家の顔を持ちながら、裏で
は組織を一手にまとめてなさる。
そんなボスのストレスや疲労を、少しでも軽減して差し上げるのが、このス
カイラーの役目と心得とります。
「ところでスカイラー、レナードは最近どうだ」
「ほ?」
レナード様が、いかがされましたかね。
普段、ほとんどお子様達のことを話題に乗せないボスが、いきなりレナード
様のことを言い出したので、わしはちょっとばかり驚きました。
「これと言って、問題はありませんですよ。少しばかり夜遊びはしますが、
年相応の範囲です。遊び方もきれいなもんです」
監督役を任されていた、わしの手腕を自慢するわけじゃありやせんが、坊
ちゃんは実際、なかなかしっかり育ってらっしゃると思うんですよ。
幾らか短気で傲慢な一面もあるが、道理が分らぬほどの馬鹿でもない。
人の上に立つには、ある程度の押しの強さが必要だが、坊ちゃんにはその
気概があるんです。少なくとも、わしはそう思います。
「実はな…あれもそろそろ将来について、考え始める頃だろう。大学には当
然行かせるが、その前に俺の仕事について、徐々に教えていこうかと考えて
いるんだが、どうかな」
「そりゃあ、よろしいことですなあ!」
「ああ、それでアレの教育係を決めようと思う」
教育係?
「ボス、正直に申しまして、わしはシノギについちゃあ、現役とは言いがたい
です。ム所でのハウツーなら別ですが…」
「お前に頼むとは言ってない。お前には、今まで通りアレの監督役として頑
張ってもらうつもりだ」
あ、左様でございますか、こりゃ失敬。
ふむ。
教育係の候補は…やはり、あの二人ですかな。
BRの賭場の元締め、リッキー・ルシアノ。
飲食&風俗店経営のリラード・ブランドン。二人の勢力は、共に互角です。
「それじゃ、例の二人のうち、どちらかを…?」
「うむ。しかしな、ブランドンとリッキーは仲が悪い」
「はあ」
「まだレナードは未熟だ。今の時期、あの二人の均衡を崩したくない」
「かと言って、まさかギブスの野郎に任せるわけには、いきますまい」
「あれに任せるのだけは、わしは反対ですぜ、ボス」
「そうだな。俺はレナードを、リッキーとブランドンの両方に任せようと思う」
両方に…ですか。
「幸い、やつらの得意分野はきっぱり分かれているからな。とりあえずレナー
ドに女遊びでも教えてやることだ。大学に入ってから、変な女にのぼせられて
も困るからな」
「はあ」
ボスは、坊ちゃんの結婚相手を、ご自分で探されるおつもりのようです。
しかし坊ちゃんは、果たしてそれで納得するんでしょうかね…。
ちょっぴり、心配ですわい。
わしがこれまで見守ってきた、ブラック一家の男たちは、どうも揃って女難の
相が出ているようですから…。
「じゃあ、さっそくブランドンに話をつけましょう」
「ああ。今日はリッキーの店に行く予定がある。あいつには、その時に俺から
話しておこう」
コツ、コツ、コツ…
「あなた、お出かけになるんじゃありませんでした?」
おや、ユージェニー奥様です。
「髪型を変えたのか?よく似合っているよ」
「まあ、ありがとう、あなた」
嬉しそうに微笑む奥様と、それを愛情に満ちた目で見守るボスの姿は、ま
るで一幅の絵画のように微笑ましい光景です。
いやはや、ユージェニー奥様は、いつまで経ってもお美しい。
ボスが一目で心奪われたと言う話も、納得ができます。
…
…
ボスには口が裂けても言えませんが、正直わしの胸中は複雑です。
もし、この方がこれほど美しくなければ。
もし、あの頃、わしが刑務所の塀の中におらず、レイ様やジョニー様のお
そばに付いていたら。
いや、そもそも、もしこの方がブラック家に現れなければ。
おそらく今頃…先代のジョニー様はまだ生きていらしたことでしょう。
ぷるるる
「あ、ブランドンかね。わしだよ、スカイラーだ…」
…すべては済んでしまったこと。
今のわしはただ、ボスとなったレイ様に忠誠をこめてお仕えするのみ。
ただどうか、なにとぞ、墓の下で眠るジョニー様の魂の安からんことを…。
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