ガタッツ
「ああっくそ!駄目だ。てんで勝てやしない!」
「くく…悪いな、今晩は大分儲けさせてもらったぜ」
「絶対、いい手だと思ったのに…」
俺がリッキーの経営する賭場の一つ、フールフォールズクラブに到着すると、
リッキーの客がちょうどカードテーブルの席から立つところだった。
相変わらず、リッキーは博徒としては凄腕らしい。
「大勝ちしたみたいじゃないか、客相手に、いいのか?」
背後の俺には気がついていたらしい。驚きもせず、にやっと笑いながら顔を
向けてきた。
「ああ、さっきの若造ですか?あれは、ギャンブル中毒でね。何度カモられ
ても、懲りずに通ってきやがるんですよ…ま、こっちもたまに良い思いをさせ
てやるからね」
そう、うそぶいて、リッキーは乾いた笑い声を立てた。
「ランドグラーブは?」
「まだですよ」
今夜、俺はこの店で、実業家のマルコム・ランドグラーブと密かに会う手は
ずになっていた。
まだ来ていないなら、先にリッキーに例の話をしておくか。
「リッキー」
「なんです?」
――――突然だが、レナードの教育係りを、お前とブランドンに頼みたい。
俺の言葉に、リッキーは顔色一つ変えなかった。もともと無表情な男だ。
しかし、つまらなそうな口調で、言った。
「ブランドンも関わるんですかい」
「あいつにも、得意分野はあるだろう」
「意地汚ねえ雑食ですぜ。レナードが、男の味でも覚えちまったらどうし
ます?」
俺は肩をすくめた。
「あいつがファミリーの一員として使い物になるなら、プライベートで男を
抱こうがラマを抱こうが、かまやしないさ」
「言うねえ」
リッキーは、眉をひそめながらも、うっすらと笑った。
どうやら、この件については、了承してくれたらしい。
…
やがて、マルコム・ランドグラーブが現れた。
彼は入店すると、目の前に立つ俺の存在には目もくれず、そのまま無言で
店の奥の社交室へと消えていった。
無論、予定通りだ。
俺と彼は、今日ここで『偶然』出会うことになっているのだから。
フールフォールズクラブは、かつて女人禁制の紳士向け社交クラブだった。
さすがに現在では、入店時に性別を問うことはないものの、一般の人間が
気軽に入るという雰囲気の店ではない。
ここは、俺があまり他人に知られたくない人物と遇う際に、重宝している場
所だった。
「ミスター・ランドグラーブ、こんな場所でお会いできるとは、光栄です」
「これはミスター・ブラック、奇遇ですな」
「かけても?」
「ああ、どうぞ」
「どうです、事業の調子は」
「原油価格高騰の長期化が響いているね、君の方は?」
「人件費をいかに抑えるかで頭を抱えていますね。正直、わが国のスキルに
よる資格バッジ制度は厄介ですよ、職種を変えても賃金のレベルが変わら
ないとはね」
「同感だな」
…
「時にミスター、最近の市政をどう思われます」
「…」
「君は私を誰だと思う?」
不意にマルコムの口調が、変わった。
OK、ようやく本題に移れるというわけだ。
「マルコム・ランドグラーブ、ラマ友民党の大物議員。違いますか」
「その通り。ところで現在の市長である、ハワード・レイトンは?」
「自由ミルヒー党」
「そう、つまり私は現在、与党ではない。残念ながらね。そんな私の意見
なぞ聞いて、何になる?」
ハワード・レイトンは、パーシー・ライト亡き後、パーシーの後継者と銘打って
市長選挙に臨み、見事に当選した人物だ。
パーシー以来、ブライトリバーの行政は、明らかに自由ミルヒー党の勢力
の方が強くなっている。
かつてランドグラーブがブライトリバーを支配していた頃には、想像だにしな
かった事態だろう。
「しかし、そろそろ次の市長選挙が近づいてきているじゃありませんか」
「…」
「ランドグラーブが、再び政権を奪い返す、チャンスでは?」
マルコムは、眉をひそめた。
「私の祖父が事業に失敗したことで、我がランドグラーブ家の立場は、一
介の富豪にまで落ちてしまった。現在、私が及ぼせる影響力はさほど大き
くない」
「それは、ご謙遜でしょう。ランドグラーブはあなたによって、立ち直った」
「ふん」
マルコムは胡散臭そうに、鼻を鳴らした。
「君はパーシー・ライトと交流があったそうだが、ミルヒー党のリベラルな政
策を支持しているわけじゃないのかね?」
俺は薄く笑った。
「…私が信奉するポリシーは、ただ一つ、金ですよ」
そう、政策なんて俺には関係ない。俺が望むのは、ただ行政と太いパイプライ
ンを作ること。前市長のパーシー・ライトは、その点、話がわかる人物だった。
しかし、現市長のハワードはパーシーの後継者を自称するわりには、融通が
利かない。俺としては、今の時期に彼に再選されては、困るのだ。
「私個人の気持を言わせてもらうなら…ブラック家は、ラマ党を応援したいと
考えていますよ」
「…」
しばらく、沈黙があった。
「それに対する、君への見返りは?」
「なに、たいした事じゃありません」
「警察?」
「そう、グリーマン署長をご存知ですね。そろそろ定年が近づいている。
私は彼とは幾らか面識がありましてね」
「彼はラマ党だったな」
「そうです。パーシーが市長となる以前から、彼は警察署長でしたからね。
しかし彼が現在の地位にいる時間は、あとわずかだ」
「なるほどね、そういうことか」
そういうことだ。
ファミリーの息のかかった人物を、次の警察署長へとすえるために、俺はラ
ンドグラーブに近づいたのだ。
「あなたの妹さんである、エレーヌ・ランドグラーブ嬢は、近頃ケン・パーカー
議員とご婚約されたとか…」
「彼を立候補させろと?」
「もともと、あなたにもそのつもりがあったのでは?」
「…まあな、彼は野心の強い男だ。いずれとは考えていた…」
…
結局、マルコム・ランドグラーブは、俺の申し出を断らなかった。予想内の事
だ。彼はランドグラーブ家がブライトリバーを支配していた歴史に、強い憧れ
と執着を持っている人物だ。
さて…。
市長選挙が本格的に開始するまで、まだしばらくの間がある。
ハワードや、他に立候補しそうな人物の身辺でも、探ってみるとしようか。
何か、弱みを握れるかもしれないからな…。
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