今日、輸入雑貨店『フィーべ』は定休日。
もちろんバイトはお休みですが、私はお祖母ちゃんの家に遊びにきています。
ところで、新しい従業員ですが…残念ながら、まだ決まっていません。
ママは、まだお店に出ています。
昨日も、お祖母ちゃんが心配そうに、働くママに声をかけていました。
「ローリン、妊娠中なんだから、あまり無理はしないでね」
「大丈夫よ、ママ」
「ええ、でも早く新しい人を決めないと…赤ちゃんが生まれたら、生まれたで
目を離せないでしょう」
「私はまだ平気よ、そんなに焦らないで」
おばあちゃんは、早く新しい従業員を雇わなくちゃと、毎日言っています。
けれど、面接を何度かしても、良い人がなかなか見つからないのです。
ある人は時給が安過ぎると言い、ある人は週に2日ほどしか出られないと言
い…
お店にはお店の都合があるし、働く人には働く人の都合があるんですね。
働くって、私が漠然と考えていたよりも、大変なことのようです。
…
ところで話は変わりますが、先日、サイラスさんがお祖母ちゃんのために、
あるプレゼントを買ってきたのです。
一体、何だったと思います?
そのプレゼントとは…この子!
ちっちゃな灰色のミニチュアシュナウザー。名前は、イアソン。
身体は小さいけれど、もう成犬なんだって!
最近、ブライトリバーでは、ペットを飼い始める人が増えていると、テレビで
言っていたのは聞いていたけど…。
ある晩、お祖母ちゃんが「犬って可愛いわね」と言った、その翌日、サイラス
さんは仕事帰りの足でペットショップによって、イアソンを買ってきたんだそう
です。
「サイラスったら、時々本当に人を驚かせるんだから」
お祖母ちゃんは、笑いながらサイラスさんを睨みます。
「私にプレゼントと言って、本当はあなたが犬を飼いたかったんでしょう?」
「いや違うよ、君が欲しいのじゃないかと思ってさ」
「うそおっしゃいな。あなたが新聞の『子犬をもらいませんか』というコーナー
をしょっちゅう見ていたこと、私知っているんだから」
「なんだ、フィービー知ってたのか。参ったな…実はそうなんだ」
ふふ、サイラスさんって、おかしいですね。
お祖母ちゃんが、あんまり楽しそうに笑うので、私もつられて笑ってしまい
ました。
とは言え、仕事を持っているサイラスさんの代わりに、イアソンの面倒を見て
いるのは、主にお祖母ちゃんです。イアソンは、お祖母ちゃんにお風呂に入
れてもらうのが大好きなんだって。
「私が洗おうとすると、馬鹿にしたみたいにテケテケ逃げていくくせに…」
サイラスさんが、そうぼやいていました。
そう。イアソンって、実はけっこう生意気なんです。サイラスさんや、私に対す
る態度と、お祖母ちゃんに対する態度、明らかに違います。
「イアソン、お手。お手だよー、手をあげるの」
「わふ」
くだらん事させなさんな、とでも言いたげな目つきのイアソン。
「んもー。絶対、そのうちお手させてやるからね」
「わふん(出来るもんなら、やってごらん)」
く、くやしい…。
その時…
チリリリン
裏口の、家族用玄関のベルがなりました。
きっと、お祖母ちゃんかサイラスさんを訪ねてきたお客さんです。
「どなたですかー?」
見たことのない、お婆さんです。
「あら?…まあ、あなたもしかして、ハニーじゃない?」
え?
どこかで会ったことある人だったかな?困りました、思い出せません。
「あの、失礼ですけど、お名前聞いてもいいですか」
「ほほ、ごめんなさいね。あなたが小さい時に、何度か会ってるもの
だから、つい」
そのお婆さんは、ジル・アンダーソンと名乗りました。
ジルさんは、お祖母ちゃんの昔からの友人なのだそうです。
「すっかりご無沙汰しちゃってて。特にサイラスとは、久しぶりね」
「ええ、確か…結婚式の時に、お会いしたきりじゃないかな?」
「ジルが遊びに来る時は、あなたはいつも仕事中だったものね」
へー、ちっとも知りませんでした。
私の小さい頃も知っているなんて、何だかちょっと恥かしいような気がしま
す。変なことしてなかったらいいですけど…。
ジルさんは、いつもニコニコしている、優しそうな人です。
旦那さんは、定年退職をするまで、警察官をしていたそうです。
「娘がね、少し前に大学を卒業したの。これから、どうするのって聞いたら
何でもPCを使って仕事をする、何とかって言うデザイナーになりたいそうよ」
パソコンで、デザイナー???
「それ、どういう仕事なんですか?」
私が聞くと、ジルさんは困ったように頭をゆらゆらと振りました。
「ごめんなさいね、私ったら機械には本当に弱くて…正直、娘の言うことが
よく分らないの。フラッシュがどうとか、ページを作るとか言っていたけど、写真や
印刷とは違うんですって。」
「WEBデザイナーのことじゃないかな」
サイラスさんが、助け舟を出しました。ジルさんは、曖昧にうなずきましたが、
あんまり良く分ってはいないみたい。
私もあんまり詳しくは知らないけど、ホームページとか、作る人のことかな?
「それで、どこか、よい就職口は見つかったの?」
「いいえ。当分は、フリーターでもしながら、もう少し勉強を続けるって言っ
てるわ…でも困ったことに、まだバイト先が見つからないみたいで」
「…」
お祖母ちゃんと私は、同時に顔を見合わせました。
ひょっとして、ひょっとすると…
これは、天の助け?
…かも?
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