今日は、俺にとって待ちに待った嬉しい日だった。
つまり…給料日ってこと!
日頃、横暴な店長のバーナードに、いいようにこき使われているのも、全て
はこの給料ってやつを、もらうためだ。
ところで、バーナードバーじゃ、給料は全て手渡しなんだ。
今時、口座振込みじゃないなんて、と初めは思ったけど、封筒にキャッシュ
でもらうってのも、案外悪くないんだぜ。とにかく、金は金だもんな。
さあ、俺の汗の結晶を頂こうか、バーナードさんよ!
と・こ・ろ・が。
ところがだ、店長に給料の事を言うなり、裏口に連れて行かれたんだ。
「え、払えない?…って、どういうことですかソレ?」
「事情があってな、悪いが給料はちょっと待ってくれ」
おいおいおい。そんな話があるかよ!
「どうして、理由は?」
「だぁから、言ってんだろうが、事情があるんだよ!払えねえって言ってる
わけじゃないだろう、少し待てって言ってるんだよ!」
「だから、その事情って!?」
「店長、俺には、今日給料をもらう権利があるはずですよ!出来ないっていう
なら、その事情をきちんと教えてもらわないと、納得できません!」
俺が思わず強い口調でつめ寄ると、それがバーナードを刺激したらしい。
逆に、物凄い勢いで、怒鳴り返された。
「なにが権利だ、お前勘違いしてんじゃねえか!?ああっ!?」
「いいか、金を払うのは、俺なんだよ!お前がこの店で働けるのはどうして
か?俺が雇ってやったからだろうが!お前が働きたいっていうから、わざわ
ざウェイターにしてやったんだ」
「…」
「満足な仕事も出来ねえくせして、金を欲しがる時だけは一人前みてえなツラ
して『権利』なんぞとぬかしやがる。お前みたいな若造が俺は一番、我慢なら
ねえんだ!大体な!」
「こっちは、お前みたいなガキをわざわざ雇う理由なんざ、これっぽっちもね
えんだよ。フリーターなんぞ、その辺にゴマンといるんだ。それを俺としちゃ情
け心でもって、まだハイスクールも出てないような、未熟なガキのお前に店で
社会勉強させてやってるんだ、こっちがお前の親から指導料の一つでも貰い
たいくらいだぜ」
バーナードは、ぺっと地面にツバをはいた。
「辞めたいなら、とっとと辞めるんだな。その代わり、こっちに迷惑かけて勝
手に辞めていくんだからな、給料はビタ一文払わねえぞ」
「そんな、馬鹿な!!」
俺があまりの理不尽さに目を白黒させていると、バーナードは
「とにかく、この話は後だ。とっとと仕事始めろ、このウスノロ」
そう言い捨てて、店の中へと入って行ってしまった。
し…信じらんねええええー!!
払って当然の給料、勝手な都合で先延ばしにしといて、逆ギレかよ!?
しかも、辞めたら給料払わないだって?
この一ヶ月間、俺がどんなにヘトヘトになって、働いたと思ってるんだ。
なにが
なにが社会勉強だ。
なにが指導料だ。
こ…こめかみのあたりの血管が、二、三本ぶっち切れそうだ…。
…
しかし、仕事をしろと言われると、さぼれないのが俺の悲しい性(さが)。
仕方ない、午後はランチ時ほどの盛況はないが、それでも客は途切れな
い。客をほっとくわけにも行かないし…
あー・・・・・・・・燃やしてーこの店。
「ホットドッグと、ダイエットコーラ」
「飲み物は、セルフサービスになってます」
「あら~、やだジャッキー間違えちゃった。そうだったわね、失礼~」
そう言って、ウフフ♪としなを作る、この客…。
胸らしきモンは一応あるけど、声が明らかに男だ。
この近くに、『ルビークラブ』っていう、ニューハーフの店があるから、多分ソ
コに勤めてる人だろう。最近のフロータウンじゃ、別にそう珍しい存在でも
ない。しっかし、この胸、どうやってんだろうなあー。ぜい肉の寄せ集めって
感じでもないし…うーん、不思議だ。
それにしても、相手が男だと分ってるのに、つい胸の谷間に目がいっちまう
俺ってどうなの。
…
ん?
あれは…同級生のハニー・ジャクソンじゃないか。
「いらっしゃいませ~」
「あれ?アイザック?」
ハニーは俺に気が付いてなかったみたいで、ビックリしたような顔をしている。
「へへ、奇遇じゃん」
聞けば、学校が終わった後、リナ・ポーター、ジェシカ・ホールデンらと一緒に、
フロータウンへ買い物に来ていたのだという。
「でも、書店に立ち寄ったら、リナが足に根っこ生えたみたいに動かなくなっちゃ
って…結局、そこで解散しちゃったんだ」
「ふーん」
リナとジェシカか。いわゆる、仲良し三人組ってわけだ。
…そう言えば、この間、ジェシカのピアノをたまたま聴いたんだっけ。
あの日は、予定に入れてたバイトがたまたま店の都合でなくなって、気分的には
腐ってたんだよな。
そうしたら、放課後の音楽教室から、きれいな音と調べが流れてきて…
驚いたよなあ。あんな音を、俺と同い年の人間が奏でてるんだぜ。
何て表現したらいいんだろう…そう、何だかまるで
―――――魔法、みたいだった。
…
このバイト、辞めよう。
今日…店の片づけをしながら、そう決意した。
俺が今まで、この店を辞めなかったのは、雇い主と上手くいかないからって
それで仕事を放り出すような、半端な真似をしたくなかったからだ。
けど、もう限界だ。
バーナードは俺が考えうる限りじゃ、最悪の雇い主だ。
人を人とも思わない、ドけち野郎。あんな男とこれ以上、関わりあっていたら
絶対に後悔するはめになる。
…問題は、これまで働いた分の、給料だ。
バーナードは、ビタ一文払わないなんて抜かしやがったが、そんな非道が許
されていいはずがない。
俺はアイツから、本来受け取るべき報酬を全額もらうまで、絶対に引き下がら
ないぞ。たとえ、1シムオリオンだってまけるもんか。
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